2010年12月27日

情報を聞き出すために拷問する フレンズ5-13その1

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シーズン5 第13話
The One with Joey's Bag (ジョーイのバッグ)
原題は「ジョーイのバッグの話」


冒頭シーンで、モニカはチャンドラーにマッサージをしてあげています。
自分をマッサージ上手だと思っているモニカですが、モニカのマッサージを受けているチャンドラーの顔は苦痛にゆがんでいます。
そのことにモニカは全く気付いていません。
その後のシーン。
[Scene: Central Perk, Chandler and Joey are sitting on the couch.]
セントラルパーク。チャンドラーとジョーイはカウチに座っている。
チャンドラー: I'm telling you, she gives the worst massages ever! Okay, it was like she was torturing me for information. And I wanted to give it up. I just, I didn't know what it was! (言っとくけど、モニカは今までで最悪のマッサージをするんだ[モニカのマッサージは史上最悪なんだ]! そう、情報を聞き出そうとモニカが俺を拷問してるみたいな感じだったんだよ。そして、俺はその情報を提供しようと思ったんだけど、俺はただ、俺はその情報が何かわからなかったんだよ!)
ジョーイ: Chandler, if it really hurts that bad, you should just tell her. (チャンドラー、もし本当にそんなにひどく痛いのなら、ただモニカに言うべきだよ。)
チャンドラー: Look, for the first time in my life, I'm in a real relationship. Okay, I'm not gonna screw that up by y'know, telling the truth. (なぁ、人生で初めて、俺は本当の男女関係の中にいる[男女関係を築けている]んだ。そうさ、俺はその関係をダメにするつもりはないんだよ、ほら、真実を告げることでね。)
ロス: (walking up with Rachel and carrying coffee) Hey. (レイチェルと歩いて近づいてきて、コーヒーを運んでいるところ) やあ。)
ジョーイ: Whoa, dude, look out! You almost crushed my hat. (He picks a hat up from the floor. It's one of those magician stovepipe hats.) (おいおい、気をつけろよ。俺の帽子を踏みつぶすところだったぞ。[ジョーイは床から帽子を取り上げる。その帽子は、よくある、マジシャンのシルクハット(の一つ)である]
ロス: Sorry. (ごめん。)
チャンドラー: (examining the hat) And the bunny got away. (Turns and starts looking for the bunny as Joey puts the hat on.) (帽子をよく調べて) そしてウサギは逃げた[ウサギがいないよ]。 [チャンドラーは振り向いてウサギを捜し始める、そしてジョーイは帽子を頭にかぶる])
ロス: (glaring at Joey) This would be the place where you explain the hat. ([ジョーイをにらみながら] ここで、ジョーイがその帽子を説明するところだと思うけど。)

チャンドラーはジョーイに、モニカのマッサージのひどさを愚痴っています。
she was torturing me for information の for は「…を求めて、…を得るために」というニュアンスですね。
つまり、torture me for information は、「情報を得るために俺を拷問する」ということになります。
モニカがマッサージしている時の様子を、it was like she was torturing... と表現することで、まるでそれは、モニカが俺から情報を聞き出そうと拷問しているような感じだった、と言っているのですね。

LAAD (Longman Advanced American Dictionary) では、
torture [verb] [transitive] : to deliberately hurt someone to force them to give you information, to punish them, or to be cruel
つまり、「情報を提供するように強制したり、その人を罰したり、または虐待したりするために、故意に人に苦痛を与えること」。

このように、元々、torture の語義の一つに、「情報提供を強要する」ことが含まれているのにも注目したいところです。

死にそうなほど痛くて拷問みたいだったと言っているわけですが、その後のセリフ、And I wanted to give it up. I just, I didn't know what it was! がさらにそのジョークを面白くしています。
以下の文章に2箇所出てくる it はどちらも、information を指します。
give up は「あきらめる」と訳されることが多いですが、この場合は「秘密などを人に明かす」というニュアンスですね。
「自分が所持していたものを、観念して・あきらめて、誰か人の手に渡す」というような感覚だと思います。
つまり、この一連のセリフは、「モニカは情報を聞き出そうと俺を拷問にかけてるみたいだった。で俺は(あまりにその拷問がキツくて耐えられないと思ったので)その情報を明かしたい、提供したいと思った。でも、俺はその情報がどんなものかを知らなかったんだよ!」と言っていることになります。

「お前が知っている情報を全て吐け!」みたいな感じで非人道的な拷問にかけられるシーンはドラマや映画でよく登場しますよね。
その拷問がキツければキツいほど、つい情報をばらしてしまいたい衝動に駆られるわけですが、今回のモニカのマッサージはまさにそういう「思わず知っている情報を口走ってしまいそうになるほどの痛さだった」と言っているわけです。
この拷問をやめてもらえるなら、俺は何でも話す!と言いたいところだったけど、提供したくても、提供すべき情報が何であるかがわからなかったんだよ、と言っていることになります。
そもそもモニカは何かの情報を聞き出そうとして拷問しているわけではありませんから(笑)、提供すべき情報がないのは当然で、そこを「情報を提供してその拷問をやめてほしかったけど、提供すべき情報がなかった」というオチにしているわけですね。

そんなに痛いなら、痛いってモニカに言えばいいのに、というジョーイですが、チャンドラーは、
for the first time in my life, I'm in a real relationship 「人生で初めて、本当の男女関係の中にいるんだ」というセリフで、今のモニカとの関係を表現しています。
これまでの恋愛は、「本当の恋愛関係」と呼べるようなものではなかった、今回初めて、そういう本物の関係になれてるんだよ、ということですね。

screw up はフレンズによく出てくる表現ですが、「…を台無しにする」。
その関係をだめにしたくないんだ、と言いながら、by telling を付け足しのように加えて、「真実を告げることでね」と言っています。
恋人同士であるなら、真実を語り合うことがより関係を深めることに繋がることもありますが、今回のマッサージの件に関しては、正直にモニカのマッサージのことを伝えてしまったら、関係が破綻してしまうくらい、モニカのマッサージがひどいものだと言っているわけですね。

ロスがカップを持って近寄ってきたので、ジョーイはロスに注意しています。
You almost crushed my hat. という 「almost+過去形」は、これまでも何度か出てきましたが、「もう少しで…するところだった」という意味。
まだ踏みつぶしてはいない、実際に踏みつぶしたりはしていないけど、もう少しで踏みつぶすところだったぞ、気をつけてくれよ、という感覚です。
stovepipe は文字通り「ストーブの煙突」のことで、その形状に似ていることから、シルクハットのことを stovepipe hat と呼びます。
one of those は「よくある、例の…の一つ」で、みんながよく知っている、おなじみのアレ、という感覚ですね。
見るからに手品師がかぶっていそうなシルクハットだったので、チャンドラーは帽子の中を覗いてチェックした後、「で、中に入ってるはずのウサギは逃げたな」と言いながらキョロキョロと逃げたウサギを捜すふりをしています。
「お前はマジシャンかっ!」のようにダイレクトにツッコミを入れるのではなく、「で、ウサちゃんはどこ?」みたいに言うのがチャンドラーらしいですね。

ジョーイはただ黙って、その帽子をかぶり、すました顔をしています。
それをじっと見ていたロスは、This would be the place where... と言っていますね。
このセリフを直訳すると、「ここ(今の時点)が、ジョーイが帽子を説明するところになるだろう、なるはずだ」という感じでしょうか。
そんな妙な帽子を何の説明もなくかぶっていて、周りの者は怪訝な顔で見つめているのも気にしない様子のジョーイに、「今がまさに、どうしてそんな帽子を持っているのかを説明するところだと思うけど(どうしてジョーイは説明もせずに当たり前みたいにその帽子をかぶってるわけ?)」と、帽子の説明を促しているわけですね。

フレンズ3-14その3 では、チャンドラーが、出会ったばかりの女性ジンジャーに対して、名前を言うようにしぐさで促すも名前を言おうとしないので、This is the part where you say your name. 「ここが[ここで]君が自分の名前を言うところだよ」というセリフもありました。
This is the place/part where という形が、よく似ていて、どちらも「今(この時)が、…するところだよ」というニュアンスになるわけですね。


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posted by Rach at 10:07| Comment(9) | フレンズ シーズン5 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
こんにちは☆(お久しぶりです)

英検の勉強がひと段落で、Friendsを久しぶりにみました。
10シーズンあるので悩むけど、二人が付き合い始めて
ロスが発見するまでがおもしろいと思って、シーズン5を。
それで、今までは見なかった日本語字幕を見て、
疑問に思ってしまったことがあります。

Checkout counter の解釈です。

フィービーが、チェックアウトカウンターで(いつか)会えると
言ってから、「わかる?」みたいに頷いて促すと、みんなが、
ちょっと畏怖というか、意味深長な表情で頷きます。

私はこれまで英語でしか見てなかったので、このcheckout
counterは、フィービーが死を迎えたときのことだと思っていました。

でも日本語字幕は、「だからあのレジであえるわ」
というもので、日本語音声も、あそこのレジで会えるわと
言っていました。そう聞くと、私の解釈が突飛だったのかと
思えてきました。でもフィービーも突飛だし。

ネットでchekout counter と検索しても、レジ以外の
意味は出てきませんでしたが、キリスト教的には、
魂は死後に報酬か懲罰を受けるということなので、
報酬を得るか、懲罰を受けるか、その判別をするのが
checkout counterって思ってました。

それとも、この「あのレジで会えるわ」という
日本語字幕にも、その意味が含まれているのでしょうか?
日本語音声で聞いてみると、あそこのレジであえるわと
言ってるので、単なるスーパーのレジという解釈のようです。
考えてみたらレジで霊と会えるというのも
突飛と言えば突飛だけど。
でも、直前にレイチェルが霊はここにきているかと
聞いたくらいで、みんな慣れてるはず。
にもかかわらずの意味深な表情からすると、
やっぱりただのレジじゃない気がする。。
はたまた、日本人にはそういう報酬or懲罰うんぬんが
なじみがないので無難な字幕にしたのかなとか。。

どっちでもいいというか、好きに解釈していい部分と
思うのに、なんでこんなにこだわるのか、長々すみません。
checkout counter は特別な意味だということで、
I'd kinda made my peace with it.
んで、日本語字幕を見てpeaceでなくなっちゃった(^^;)。
Rachさんはどう思われましたか?
Posted by Ranch at 2011年02月13日 11:51
Ranchさんへ
お久しぶりです。コメントありがとうございます。
また、checkout counter についてのご意見、ありがとうございます。

checkout counter については、私もDVDの日本語訳と同様、「レジ」の意味で捉えました。
確かに check out には「調べる、確かめる」という意味があるので、judgment 「審判」に近いニュアンスがあるのかもしれませんが、このセリフにおいては、日常的に使われるスーパーの「チェックアウト・カウンター」という意味だと私は思った、ということです。

checkout counter のセリフは以下のようになっていましたね。

フィービー: It was really sweet. The last thing she said to me was: "Okay dear, you go get the eggs, and I'm gonna get the yogurt, and we'll meet at the checkout counter." Y'know what? We will meet at the checkout counter. (本当に素敵だったの。おばあちゃんが私に言った最後の言葉はこうだったわ。「いいわ、あなたは卵を取ってきて。そして私はヨーグルトを取ってくるわ。それから、チェックアウト・カウンターで会いましょうね。」 ねぇわかる? 私たちはチェックアウト・カウンターで会うのよ。)

最後の部分は、We WILL のように、will を強調してしゃべっています。それを聞いて、みんなは何ともいえない複雑な表情でゆっくり頷いていますよね。その強調は、「これから先、私たち二人はそこで会う」という未来を予言したニュアンスが感じられます。

普段の買い物と同じような感じで、「じゃ、後でレジで落ち合いましょ」と気軽に言った言葉がおばあちゃんとの最後の会話になってしまったわけですが、フィービーはそれを、死後のことを予言した言葉であったかのように解釈した、そこがこのセリフの面白さなのかな、と私は思いました。

「レジで会いましょうね」と言って、おばあちゃんは天国に旅立ってしまった、だから、おばあちゃんに会いたくなったら、あのレジに行けば会えるのよ、だっておばあちゃんは死ぬ直前に私にそう言い残していたんだもの…みたいなことかなぁ、と。

おばあちゃんはただ、買い物の最後にレジで落ち合うことを言っていただけなのに、フィービーはそれを、自分へのメッセージだと捉えている、おばあちゃんが死んだ後でも、 We will meet at the checkout counter. という言葉が生きていると思っている、「死んだおばあちゃんとは、レジで会うことができるのよ、素敵でしょ、おばあちゃんはそんな言葉を私に残してくれたのよ」と言っている…そんなスピリチュアルな発言をするフィービーに対して、「それは買い物の時だけの話だよ、自分がまさか死ぬとは思っていなかった時のね」とも言えずに困っているフレンズたち…という構図なのかな、と思います。

もちろん、私個人の考えなので、それが正解かどうかはわかりません。あくまで参考程度に聞いておいて下さいね。
Posted by Rach at 2011年02月15日 14:16
こんにちわ、

こんな一言にここまで議論が白熱していて、思わず僕も深く考えてしまいましたw

個人的な意見ですが、Ranchさんが「みんなが、
ちょっと畏怖というか、意味深長な表情で頷きます。」と考えているみんなの表情ですが、僕も同じように何か深い一言、意味のある一言を聞いたから出た表情だと思います。理由は、みんなゆっくり頷いてるからです。
従って、僕はRanchさんの最初の見解と同じ考えで見ていました。
(Chechout Counterを人生のレジと捉えた)

しかし・・・・
今少し文章を見ると、どうしても今の説明だと「it was really sweet」が変に感じます。さすがに「死んだあとで会いましょ」って言葉はsweetとはかけ離れてる気がします。
ただのフィービーのweirdな感性で片づけていいものでしょうか?

と、こんな風に僕は悩んでみました^^
お役にたてれば幸いです

Posted by yang at 2011年02月16日 21:31
Rachさん、yangさん、

コメントありがとうございます。
Rachさんの見解を読むと、なるほど・・と思いました。
その通りな気もします。

yangさん、そうなんです、人生のレジ、この言葉が
私の印象にぴったりです。
そして、フィービーは、人生のレジのところまで
迎えにきてくれると楽しみにしてると。

「見える」ことを当たり前のように語るフィービーだし、
何を言い出すかわからないし、そう思って
期待のあまり深読みしすぎるかもしれませんね。

加わってくださって、ほんとにありがとうございます。
Posted by Ranch at 2011年02月16日 23:26
yangさん、Ranchさんへ
yangさん、コメントの議論へのご参加ありがとうございます。
Ranchさん、ご丁寧なお返事ありがとうございます。
以下、まとめレスになってしまいますが、申し訳ありません。

お二人とも checkout counter を「人生のレジ」だと捉えられたのですね。
私には「スーパーのレジ」というイメージしか浮かばなくて、一度そう思ってしまうと、なかなか別の考えは浮かんでこないんですよねぇ。

キリスト教的な、生と死の境目となっている場所のような意味で、その言葉が使われているとすると、その We will meet の will が指している「時」は、フィービーが死ぬ時、つまり、ずーっと先のことになりますよね。フィービーが死ぬ時に、そこで先に死んだおばあちゃんが待っていてくれる、ということになるわけですよね。
生と死の境目にそういう「人生のレジ」みたいなものがあるとして、先に死んだ人は、身内が死ぬとそこに迎えにきてくれたりするものだ、というイメージがあるのなら、そういう解釈も可能な気がします。

私のイメージでは、その will はそんなに遠くない時期の話をしている気がしました。「おばあちゃんは死んじゃったけど、おばあちゃんは最後に「そのレジで会いましょ」と言った、だから、そのレジ、つまり「そのスーパーのレジ」に行けば、会いたい時におばあちゃんに会えるのよ」と言っている気がしたのですね。「死んでしまったけど、寂しくないわ、いつでも会えるんだもの、素敵でしょ」という気持ちから、sweet という言葉も出たのかなぁ、と。

みんながゆっくり頷いているのは、「まぁ、フィービーチックにスピリチュアルに解釈すれば、そう理解することも可能かもしれないけど」と思いつつ、「それって素敵なことでしょ」と言って喜んでいるようなフィービーに対して、それを否定することもできず、フィービーの発言を納得したかのように頷かざるを得なかった、という感じかなぁ、と私は思いました。

私自身、キリスト教における死のイメージ、というのをよくわかっていない部分も多いので、これから、フレンズ、または他の作品を見る中で、そういう部分にも注目して見ていきたいと思います。そこでまた、今回のセリフを理解するヒントとなるようなことに出会えるかもしれませんし。
何が正解か、また、その単語を選ぶことで何か別の深い意味を示唆していたのか?ということは、そのセリフを考えた脚本家に尋ねてみないことには真相はわからない、というのが私の持論なので、このコメントもあくまで「今の私はそう思う」という程度のものだと思って下さいね。

一緒にいろいろ考えていただいてありがとうございました。光栄です。
これからもよろしくお願いします。
Posted by Rach at 2011年02月17日 11:11
結局は、脚本の人か、それを判断して言葉にしたフィービーに聞くまでわからなくて、でもわからなくてもよくて、というか、聞いても、好きに解釈してくれていいって言われるかしらと思っています。
でも、まったく一人で???と思っていると、peaceでなくなってしまうのが、話してみると、落ち着くので不思議です。
そんなPeaceでなくなったときに思い出すのがこのブログなので、
どうかやめないでくださいね。
もうずっと「お気に入り」リストに入っていて、頼りにしてますので。
Posted by Ranch at 2011年02月19日 22:59
Ranchさんへ
お返事ありがとうございます。
おっしゃる通り、「好きに解釈してくれていい」って言われる気はしますよね。それをどう受け止めるかは視聴者次第であって、作った側が意図などを説明しすぎてしまうと、却って深みがなくなってしまうようにも思いますし。

解釈に迷った時に、このブログを思い出していただけるとしたら、とても嬉しいです。私自身、「正解」だと思って書いているわけではなく、あくまで「私自身はそう思った」という個人の見解に過ぎないわけですが、そんな意見でも「そういう見方もあるのかぁ〜」みたいに受け止めていただいて、何かを考えるきっかけになれば嬉しいなと思いながらいつもこのブログを書いています。

やめようと思ったこともありましたが、今のところは大丈夫そうです(笑)。これからも頑張りますので、よろしくお願いいたします。
Posted by Rach at 2011年02月23日 13:28
Rachさん
大変ご無沙汰しております。
日々のご活躍すばらしいですね。
陰ながら応援させていただいています。

コメントは久しぶりですが、
日々、このブログで細々ですが楽しく英語の勉強させていただいています。
シーズン5までようやく来ましたが、英語力ということでいえばまだまだな感じがいたします。

さて8年も前のやりとりに、コメントするのはどうかとおもいますが・・・(笑)

ボクの思ったのは、ちょっと突拍子もないですが、
まだおばあちゃんがcheckout counterに倒れたままなんじゃないかと思いましたが・・・それはないか・・・だから行けば会えるのよってなって、周りの仲間たちもちょっと恐ろしげな顔をしているっていうのはどうでしょうか?(笑)


Posted by katuo at 2019年01月16日 10:22
katuoさんへ
ご無沙汰しております。コメントありがとうございます。
ご活躍と言っていただき、また応援して下さっているとのことも、本当に光栄です。ありがとうございます<(_ _)>

シーズン5まで来られたのですね! ブログ記事を順番にお読み下さっていることも本当に嬉しく、これからも1つ1つの記事を積み重ねていきたいと改めて思いました。

それではチェックカウンターの件について。
少し前のセリフによると、「おばあちゃんはヨーグルトを取ろうとしてかがんで、そのまま起き上がらなかった」とのことなので、倒れたままとすればヨーグルト付近になるのかなぁ、、と。
もう一度シーンを見返してみたのですが、今も以前の時に感じた印象と同じで、買い物中に「後で落ち合いましょう」と言っただけの言葉を「私が死んでも私はそこで待ってるから」みたいな意味で解釈しているフィービーに、フレンズたちは「それはそういう意味じゃない」とも言えずにうなずくしかない、という感じに見えるのです。

特に右のチャンドラーは、笑いそうになっているのを少しこらえたような顔をしていて、それはそういう意味じゃないよ、的なことを言いたいけれど、フィービーが会えると思っているのなら、そういうことにしといてあげよう、的な表情に私には見えました。
おばあちゃんが亡くなった、というわりにはあまり悲しむ風でもなく比較的けろっとしている様子なのは「おばあちゃんがこう言ったから、チェックカウンターに言ったらいつでも会えるのよ。それって素敵よね」と信じているからで、それをわざわざ否定してしまうと、フィービーが悲しむことになるから「ただうなずくしかない」ということだろうと。

たまたま、今日、シーズン1改の記事で「フレンズ1-8改その9」というのを投稿したのですが、その時も「死んだママがいつもこのあたりにいると感じるの」と言って、自分の右肩あたりを示し、そのそばにいたチャンドラーが、ぞっとした様子でそこから離れる、というシーンがありました。この時の表情は比較的わかりやすいのですが、今回のチェックカウンターの場合は、男性陣3人が何とも言えない複雑な表情をしているので、こういう気持ちだ! と断言できないところが余計に解釈を難しくさせるのかな、と思います。

コメントありがとうございました(^^)
Posted by Rach at 2019年01月18日 19:29
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