2007年10月07日

head=be headed フレンズ1-1その7

昨日の、「DVD学習法の最終段階で英語字幕をどのように調べるか」という話の続きです。
今、例として取り上げているセリフは、フレンズ1-1 の、
レイチェル: Well, I was kinda supposed to be headed for Aruba on my honeymoon, so nothing! (えぇと、私はハネムーンでアルバ島へ行く[向かう]ことになってたって感じだから、(予定は)何もないわね!)
です。
今日は、動詞 head に関する話です。

普通は、head という自動詞として使うと、head for で「…へ向かう、行く、進む」という意味になります。
Where are you heading for? だと「どこへ行くつもりですか?」になります。
上のセリフでは、それが be headed for、つまり、「be動詞+過去分詞」という「受身形」で書かれています。
この head は他動詞で、「head+目的語+for」で、「(目的語)を…へ向ける、進める」という意味です。
そういう他動詞の意味があるために、be headed for でも「…の方向へ向かう」という意味になるのですね。

実際、英辞郎で調べると、
be headed for=〜に向かって進む
(例) Where are you headed for? 「どこ行くの?」

と載っています。

つまり、What are you heading for? という現在進行形でも、What are you headed for? という受動態でも、言っている内容はほぼ同じ、ということになるのですね。

ロングマン現代英英辞典でも、head を調べると、
head [verb]:
1. GO TOWARDS
also be headed
to go or travel towards a particular place, especially in a deliberate way

つまり、「ある特定の場所に向かって行く、または旅行する。特に計画的な方法で。」

ロングマンに also be headed と書いてあるのは、この意味の head という動詞は、be headed とも表現できる、つまり、head = be headed だということを表しています。

実際に他人から見た状況では、be heading for でも、be headed for でも、「その主語がどこかに向かっている」という様子を表していることになりますね。
だから、同じような意味で使われることが可能だ、ということなんでしょう。
ロングマンに head = go towards = be headed と書いてあるところを見ると、今はもう、head = be headed として成立していて、そこに元々あった「受身」の意味はほとんどなくなっている、be headed は「何かに向かっている」という状態を示す言葉として、head と同じように使われる、ということのようです。
つまり、be+headed 「…に向かっている(形容詞)という状態」ということですね。
head の過去分詞形 headed が形容詞化した、ということになるのだと思います。

ちょっと余談であり、私見ですが、言葉の成り立ちから厳密に考えると、be heading for (または head for)と be headed for には微妙な意味の違いがあるのかもしれません。
be heading for という自動詞は、主語が自ら意思を持って進んでいる感じがする、そして、be headed for という他動詞は、誰かの指示に任せて「どこかへ向かうという流れの中に乗っている」という状態を表している感じがする、ということでしょうか?(←あくまで私の感覚に過ぎませんが…)
上のセリフの場合も、恐らく、レイチェルが積極的にアルバ島に向かっていた、というよりも、新婚旅行としてアルバ島に向かう、というスケジュールに則って、そこへ向かっているはずだった、みたいな感じがどこかに含まれているのかもしれない、とも思います。

今日は head という動詞について細かく見てみたのですが、私は動詞が自動詞か他動詞かを判別することが大切だ、と言いたかったわけですね。
ただ、実際にフレンズを初見で見た時に、そこまで気が回るかというと、実際はそんな細かいところにまでは目が行かないでしょう。
私もフレンズ1-1 の解説を見ると、be supposed to については触れていますが、head については説明してありません。
2年前の私は、その be headed for というフレーズに「ひっかからずにスルーしてしまった」ということです。
誰かに「head には進む、という自動詞の意味があるのに、どうしてここはわざわざ過去分詞形を使った受動態になっているのですか?」と尋ねられて初めて、「そう言えばそうやなぁ〜」と思って改めて調べてみる、という程度でしょうね。

ですから、そこを見過ごしたからと言って自分を責める必要もありません。
学習していくうちに、そういうことに気付く時もいずれ来るだろう、と思いながら学習を続けていったらいいのだと思いますね。

どうして、ここが be headed for なんだろう?と思うのが一つ目の段階です。
そこに気付くのがまず一つ目のポイントで、それを調べてみて何か掴めたらそれで万々歳ですし、わからなければ、「どうしてここは headed と過去分詞が使われているの?」とメモするだけでもいい。
どこかでまた、be headed という表現に再びぶつかる時がきっと来るからです。
または誰かがチラっとそういうことを説明しているのを、本を読んだり、他のブログで知ったりして、「あぁ、あれはそういうことだったのか!」とわかればいい、ということですね。

まず日本人は head というと、「ヘッド、頭」という意味が思い浮かびますね。
それが、ここでは「進むという意味の動詞だ」と気付くことで、まずはカタカナ英語から脱却したことになります。
さらに、そこからもう一歩進んで、「これは自動詞か他動詞か? be headed という形になっているから他動詞だ。その他動詞が形容詞化した形で be headed でも進むという意味になるんだ!」と理解することが、「深く理解する」ということなのかなぁ、と。
そんな細かい話どうでもいい、という方がおられるのは承知の上ですが、そういう部分に「日本語訳を超越した英語の感覚、スピリット」のようなものを感じるのです。

そういう「深い理解」を、初見で全てクリアしようと思うのは無理な話だと思います。
だから、「今の自分が気付くこと、ひっかかったこと」だけを取りあえず調べてみればいいと思っているのです。

まずはわからない単語を調べることから始めればいいのです。
私もそうしてやってきました。
そして、わからないことは「わからない」とメモしておきました。
その「わからない」と思っていたことが少しずつわかっていく、ということが「英語力が伸びる」ということなのだと思います。

最初から全てがわかる人などいないでしょう。
どんな英語の達人の方々でも、そうやって、自分のわからない部分を一つ一つクリアしてこられたんだと思います。
何かを深く学ぶ、ということは、わかることが増えていく、と同時に、今まで気付かないことに気付くようになる、ということでしょうね。


(今日のポイント)
・自動詞として使っているか、他動詞として使っているか、の違いは重要です。
日本語の訳語にばかり注目していると、「そんなのどっちでもいいじゃん」ということになりかねないのですが、英語では動詞が文のキモであり、それが自動詞であるか他動詞であるかで文の構造が根本的に違ってきます。
英語を英語のまま理解するには、自動詞・他動詞の違いに敏感にならないといけないと私は思っています。


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posted by Rach at 17:33| Comment(4) | フレンズ シーズン1 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
初めまして!
と言っても、、こちらのブログ、多分5年以上前に最初に訪れ、その後幾度も、勉強に来させて頂いておりました。

今日は、数年振りの再来なのですが、何と本を出されたそうで、おめでとうございます!ご自身をRachと名乗られ、ドラマ中の際どい内容(殆どがそうですが..)にも正面から解説されていたので、相当な美人かつセクシーな方を想像していたのですが、今回お写真を初めて拝見し、想像通りの美貌の持ち主で、ますますやる気が..!(イミフ

そんな個人的な感想はさておき、今回コメントしようと思ったのは、Rachさんの「英語では動詞が文のキモであり、...」に、とても共感したからであります。

私は、約6年前、1年間カナダに滞在していたことがあり、その時に向こうのDVDが激安だったこともあって(特にアメリカから取り寄せると)、Friendsシリーズをまとめて購入したことがありました。(当時、Season 7ぐらいまでしかDVDになっていなかったので、残りは2, 3年前に日本から取り寄せて完結させた。)

でも、ネイティブや、もっと英語の達者なルームメイトが喜んで見ていて、自分は全然先に進まなかったのですが、「英語の勉強意識」が強くて、先に進めないのですね。帰国してからも、時々頭から見てみようとして、何かスクリプトや、参考になるサイトは無いかと探してみたところで、Rachさんのブログに巡り会ったのでは無いかと記憶しています。

でも結局今まで、最後まで見終わることは無いまま時は過ぎ、しかしまた最近、突然英語の勉強を再開しようという気が起きてきて、ボキャビルを再開する傍ら、Friends DVDを取り出して、またシーズン1から通しで見始めました。今シーズン2の3枚目辺りを見ています。

すみません、話が逸れました。

楽しんで勉強するには、細かいところに拘り過ぎずに、一度通して何かを完成させてみるというのもとても大事だと思うし、自分はそれがなかなかできないのですが、でも、非ネイティブとして、本当に正しい、知的な英語を身につける時に、英語の文法的感覚を研ぎすますというのは、とても大事なことだと、私も考えています。

私も、TOEICでは数年前に900超えをしているのですが、海外ドラマや映画の英語は今でも、良くて半分も聴き取れていなかったり、そのスピードに付いていけていません。それでも、PBを読んでいたり、ドラマを見ていたりして、「その内容がそのまま英語を教えてくれる」感覚というものを良く感じています。それは、品詞や文の構造や時制、冠詞の機能とそれらが意味する感覚的な部分を、根っこから身につけようとして、自分が勉強してきたからなのかな、と思うことがあります。

今回の、supposed to be headed for Aruba についても、DVDを見ながら意味は取れていても、headed という形であったことは、私も見逃していましたが、ここでテキストの状態でそれを目にすると、そこでピンとくるというか、あぁ、head という動詞は head somebody for somewhere 「誰々をどこどこへ向かわせる」というような形が取れて、それの受け身になっているのか、これは「自分が行く」というよりは、二人で決めたスケジュールに従って行くことになっていたから、その受け身の形を選んで使う気分なのかな、とそこまでサクッと想像が膨らんで、そうするともう先生が要らないと言うか、題材がそのまま先生になってくれるというか、或いは、母国語を学ぶときに起きているのはこういうことではないか、という感覚の中で、英語を学ぶことができる気がするのです。

ただ、特に(語学)留学組に多いかも知れないと思うことがあるのですが、数多の会話表現を完璧に使いこなしていても、正に、英語のスピリットが育まれていないような人を見ることが、時々あります。それは、日本語の世界ではそうでは無いが、英語の世界ではきっちりと区別しているもの(自動詞/他動詞、冠詞、単数/複数、etc)の、その区別に無頓着なまま学習を進めてしまった人に、そういうことが起きるのかも知れないな、と思うのです。

今回の heading / headed の話はその意味でも象徴的なものだったのかな、と思います。とは言っても、日本語と英語で決定的に違うものというのは、まずは誰かにその存在を丁寧に教えてもらうしかない。僕の場合は、マーク・ピーターセンの本がその素晴らしき教師でした。

すみません、とてつもなく長くなりました。また遊びに来ます!
Posted by neko at 2010年12月24日 15:06
nekoさんへ
初めまして! ご訪問&コメント、ありがとうございます。
数年ぶりに訪れて下さったとのこと、このブログの存在を覚えていていただけてとても嬉しいです。
また、数々のお褒めのお言葉もありがとうございます。そこまで褒めていただけると、嬉しいを通り越してただただ恥ずかしいのですが、私にとっては素敵なクリスマスプレゼントになりました。私もますますやる気がでます(笑)。

「その内容がそのまま英語を教えてくれる」感覚、という表現、非常によくわかります。私もこの記事で、head=be headed について触れましたが、日本語訳だけで考えていると感覚的にピンと来ない部分も、同じ単語が自動詞にもなり他動詞にもなるという英語独特の感覚から捉えるとすんなり理解できてしまうこと、ってありますよね。

「題材がそのまま先生になってくれる」という部分も、私のように海外ドラマで英語を学んだ人間にとってはとてもよくわかる感覚です。おっしゃるように母語を学ぶ場合は、多くの言葉に触れる中でそれを自然に感じ取って行っているわけですよね。「英語のスピリット」のお話もまさにそうで、自分の母語と比較することで、英語独特の語順や文法事項を意識することができ、その違いに敏感であればあるほど、「英語って、こういうものなんだ!」という自然な英語感覚、英語っぽさ、英語らしさが養われていくような気がしています。英語を学ぶためには多くの英語に触れなければいけない、というのは譲れない条件ですが、と当時に、その英語をじっくり見つめるという「深さ」も必要になってくると思うのですね。

「英語と日本語では、こういう感覚が違う」というような部分を誰かに説明してもらえると、それで理解度が一気に高まる、ということ、ありますよね。私もマーク・ピーターセンさんの「日本人の英語」と「続 日本人の英語」では本当に多くのことを学ばせてもらいました。

ピーターセンさんの本が素晴らしいのは、ネイティブであるからこそ感覚的・直感的に理解できている「英語のスピリット」を、正確で美しい日本語で表現することができているからなのでしょうね。また、日本での暮らしが長く、日本語に堪能であるからこそ、日本人には理解しにくい部分というのもよくわかっておられる、ということも挙げられるでしょうね。

英語を使いこなせるようになるためには、単語やフレーズを多く覚えることと同時に、やはりそういう「英語のスピリット」のようなものを理解することが不可欠だと思います。そういうものを理解しないままでは、いつまで経っても、日本語の文章の単語を英単語に置き換えただけ、日本語の感覚で英単語を並べただけ、のような、英語のスピリットからはほど遠い英文を作ることになってしまう気がします。日本人の間ではそれで通じても、英語の感覚が失われた文では、他の国の方々との意思疎通にも支障が出てしまうと思うのですね。英語の感覚に則ったものであれば、理解もされやすいし、誤解もされにくい、ということですよね。

またお越しいただけると嬉しいです。これからもよろしくお願いします!
Posted by Rach at 2010年12月25日 08:51
楽しく読ませていただきました。

現在、Speed learningで学習中ですが、"be headed to"のフレーズで学習がビタッと停止してしまいました。
もちろん、v.i.とv.t.の違いで、訳は同じになると思ったのですが、使い方というか、使う場面の違いがあるのか無いのかが解りません。
だって、教材の数節手前で"head to"が"go to"とほぼ同じ意味(この場合は、「頭がその方向へ向く」ということなので)だと学習したばかり。
にもかかわらず、今度は"be headed back to America"だという。

フッと思い出したのが、映画の「My
Fair Lady」で、レックス・ハリソン演じるヒギンズ教授が、英語は音楽的言語だと言っていたのを思い出しました。
日本語は表意文字、英語は表音文字ですよね。
日本語は単語や言葉に強いこだわりを持ちますが、英語のような言語ではそのリズムや音にこだわりを持つのかもしれないですね。
学習を続ければ、もしかしたら解る日が来るかもしれませんね。

それではまた。
Posted by とっぴん at 2019年08月13日 20:37
とっぴんさんへ
コメントありがとうございます。

この be headed という表現は実に興味深いですよね。私もそれが気になって長々と記事にしてしまったのですが、楽しくお読みいただけて良かったです。

「英語は音楽的言語だ」というお話には私も納得です。シンプルに一語で表現すれば良いところを、複数の単語を使って表現したりすることもありますが、その方がリズム的にしっくりくるということは大いにあるのだろうと思います。

コメントありがとうございました。
Posted by Rach at 2019年08月15日 13:36
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