モニカ: How hammered are you? Huh? These, these are Joey's sisters. (どんだけ酔ってるのよ? ねぇ? これは、これはジョーイの姉妹たちよ。)
チャンドラー: Hi, Joey's sisters! (はーい、ジョーイの姉妹たち!)
sisters の話の続きです。
フレンズ3-3その26 では、
モニカ: Wow! Big family, seven sisters, and he's the only...boy. (まぁ! 大家族ね、7人の姉妹がいて、彼は(その中で)ただ一人の…男性。)
というセリフがありました。
ですから、ジョーイが8人兄弟(きょうだい)で、ジョーイ以外は全員女性だ、というのはそのセリフでわかりますね。
この場合は、女きょうだいが7人ということだけで、ジョーイよりも年齢が上か下かということはわかりません。
姉か妹か、ということが明白になるような表現が、過去エピソードに出てきたことはなかったと思うのですが…。
後のエピソード、フレンズ8-10 には、Dina というジョーイの女きょうだいが登場します。
そのセリフでは、
My youngest sister, Dina
My little sister Dina
という表現、
さらには、
ジョーイ: Because! 'Cause... 'Cause you're my baby sister!
ディーナ: And you're my big brother!
というやり取りもありますので、ジョーイが兄、ディーナが妹、ということだけははっきりしているようです。
いずれにしても、日本語では「姉」か「妹」かを厳密に区別する傾向にありますが、英語では「女きょうだい」であることを言うだけで年齢の上下はあまり気にしないようだ、ということですね。
フィービー: (to one of his sisters, Cookie) Hey! ([彼の姉妹の一人、クッキーに] はーい!)
クッキー: Hey. What are we drinkin' over here? (ねぇ、ここであんたは何を飲んでるんだい?)
フィービー: Well, I have ah, vodka and cranberry juice. (そうね、私はウォッカとクランベリー・ジュースを飲んでるわ。)
クッキー: No kiddin'. That's the exact same drink I made myself right after I shot my husband. (冗談でしょ。それって、私が自分の夫を射殺した[銃で撃った]直後に自分で作った飲み物と全く同じよ。)
フィービー: Wow. Okay, I don’t know how to talk to you. (まぁ。そうね、私、あなたとどうやって話したらいいかわかんない。)
このクッキーというジョーイの姉(?)は、ちょっとヤンキーみたいなあねごタイプ。
ヒア(here)がヒーイみたいにしか聞こえません。
かなり「すれた」感じがしますねぇ。
「何を飲んでるんだい?」(にしおかすみこ、みたい…笑)、または「何を飲んでるのさ?」みたいな雰囲気かもしれません。
the exact same で「全く同じ」、shot は shoot 「(鉄砲・弾丸を)撃つ、発射する」「撃ち殺す、射殺する」の過去形ですね。
ここではただ単に「銃で撃った」だけなのか、「射殺してしまった」のかよくわかりませんが…(笑)。
本当に撃って、さらには殺していたら大変なことなので、多分、冗談でしょうね。
だから、「撃つ」か「射殺する」かの解釈はどっちでもいいでしょう。
冗談だとは思うけれど、この人を見てると事実かもしれない…そう思うと、さすがのフィービーも「これからどう会話を展開していったらいいかわかんない状態」です。
(Rach からのお願い)
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これ、ちょっとおもしろい表現だと思いました。
聞いてるほうが質問の時点でいっしょに飲んでなくても、その場の一員として、という感じでしょうか。
関連して、たとえば、
What are we talking about ?
だと、聞いてるほうがほとんどしゃべってなくても、あんたいったい何いってんの?
という、相手に対する疑問や場合によっては不満の表現になる?ような気がして、こっちのほうなら、私にもスンナリ受け入れ可能。
その類縁としてって感じで、上のWhat are we drinkin' over here? あんた、何のんでんの?を許せる!?感じがしました。
興味深いコメント、ありがとうございます。
私、気付いてなかったんですけど(笑)、What are we... と主語には we が使われていたんですね。私は何も考えずに、What are you... だと思って訳しただけ、なんですよ(爆)。
この we は、englさんがおっしゃるように、「その場の一員として」という感じなんだと思います。
ややニュアンスは違っていて、脱線になるかもしれませんが、思い出したことを少し書いておきます。
フレンズ2-18その2
http://sitcom-friends-eng.seesaa.net/article/388470479.html
で、「親身の we (the paternal "we")」について触れています。
「親身の we 」とは、相手に同情的な気持ちを示すために、you の代わりに用いる we のことで、医療関係者が患者に対して、また親が子供に対して用いることが多いそうです。
今回のセリフは、「医者と患者」「親と子」との関係ではないし、そういう「同情的な気持ち」でもないですが、「寄り添う気持ち」みたいなものは感じられる気がします。飲み物の場所に加わった時点で、「ここで何飲んでるのかなぁ?、何が飲めちゃうのかなぁ?」みたいな一体感が出る、というか。
ここで少し over here という表現に注目してみたいと思います。
もし、"What are you drinking over here?" と、you を主語にした普通の疑問文にしてみると、その場合の over here のニュアンスは、「ちょっと他の人たちとは離れたこっち側のドリンクコーナーで」あなたは何を飲んでいるの?という感じになるでしょうか?
クッキーは、別の場所からドリンクコーナーに歩いてきて、over here と言っていますよね。この場合の over には、「移動」の感覚があるように思えます。ですから、What are we drinkin' over here? は「こっちに来たら[こちらでは]、私たちは何が飲めるのかしら?[何を飲むことになるのかしら?]」みたいなニュアンスかもしれません。その we は「フィービーやクッキーや、その他、このドリンクコーナーに来た人」という感じで、「ここに来れば「人は」何が飲めるか?」ということを言っているのかな?と。
「ここでは何が飲めるの? どんな飲み物があるの?」という質問に対して、フィービーが「私が飲んでるのは、ウォッカとクランベリー・ジュースよ。」と自分の選択を示している、ということかなぁ、と思うのですが…。(自分でもよくわかりません)
paternal we というのも知りませんでしたが、それもおもしろいです。
感じはよくわかります。
それとは違うんですが、
日本語の(語学とは関係なしに)文学あるいは一般評論、それに学術論文でも、
「・・我々はここで・・」とか、「・・われわれの仮定によれば・・」とか、よくありますね。
あれ、「われわれ」ってねえ、それはアンタが言ってるんでしょ?
と、読者としての私は、若干の違和感を感じることが多いんですね。
著者、論者としては、読者との一体感を演出しているんでしょうか。
演出は言い過ぎとしても、論旨の展開には不必要な表現だと感じることが多いです。
(脱線でした。たぶん私の読み方のクセなんでしょう。)
What are we drinkin' ~ から over here のあたりについてのRachさんのシーン分析?キャラの動き分析は、まったくその通りだと思いました。
大げさに言えば、登場人物の心理状態、周囲の人間、環境との関わり方や、
それにまつわる言語表現、などなど、見事な切りとりかただと思いました。
「感じはよくわかる」と言っていただけて光栄です。
日本語でも「我々」という言葉を使うことってありますよね。englさんのおっしゃるように「読者との一体感を演出している」んでしょうね。「一緒に考えてみましょう!、一緒にこれを見てみましょう!」みたいな。
日本人は「我々日本人は」などとひとくくりにして言うことがありますが、欧米人はあまりそんな言い方はしませんね。自分の場合であれば、I だし、一般の人を指す場合には、you を主語にすることも多いです。
ですから、あえて we を使う場合には、「それなりの意図」があるのだと思っていいのかな、と。
私のシーン分析について、お褒めいただきありがとうございます。私の解釈が合っているといいのですが…(笑)。
もし私だったらどう言うかなぁ?と考えてみたんですよ。「何飲んでるの?」だったら、What are you drinking (here)? って尋ねるだろうな、と思って。すると、over here という言葉に、here だけにはないニュアンスを感じたんですよね。何か別の場所と区別した「こっち側、こっちでは」のようなニュアンスを。そして、クッキーが「こっち側」に来た瞬間のセリフだったので、「こっちに来たら我々は」みたいなニュアンスかな、と思ったということですね。
あくまで私の分析に過ぎないので、正しいかどうかはわかりませんが、私の言っている意味を理解していただけて、とっても嬉しいです。そういう日本語に単純に訳しにくいニュアンスを感じ取れるようになるといいなぁ、といつも思っています。