2008年12月13日

クリストファー・ベルトンさんの「英語は多読が一番!」を読んで

この12月に発売になったばかりのクリストファー・ベルトンさんの新刊、英語は多読が一番! (ちくまプリマー新書、筑摩書房。クリストファー・ベルトン[著]、渡辺順子[訳])を読みました。

イギリス人のクリストファー・ベルトンさんは、晴山陽一さん と長年のご友人だそうで、晴山さんからのメールの中に、ベルトンさんのお名前がよく登場します。
ベルトンさんのオフィシャルサイトはこちら(↓)。
Christopher Belton Official Web Site: 作家・翻訳家 クリストファー・ベルトン

その公式サイトを見ていただくとわかると思いますが、ベルトンさんはたくさんの英語関連の本を執筆されていて、「ハリー・ポッター」Vol.1が英語で楽しく読める本 の著者の方です。
この『「ハリー・ポッター」が英語で楽しく読める本』は、Vol.7 まで刊行されていますね。(「ハリー・ポッター」Vol.7が英語で楽しく読める本

ベルトンさんの「英語は多読が一番!」が近々出版されることは、少し前に晴山さんがメールで教えて下さいました。
「興味があるので是非読みます!」とお返事したところ、晴山さんがベルトンさんにそれをお伝え下さり、書店販売よりも先行して私が読めるように、と、その新刊を私に送って下さることになったのです。
そのようにご配慮下さったベルトンさん、晴山さん、そして本を送って下さった筑摩書房のご担当者の方にお礼申し上げます。ありがとうございました!

英語学習の方法として「多読」を勧めている人は多いですが、ただ「読め! 読め!」と言われても、「何を読んだらいいのか? どう読み進めていけばいいのか? わからない部分はどうしたらいいのか?」と途方に暮れてしまうことって多いですよね。
そういう経験のある方にとって、この本は素晴らしい「多読への入門書」になると思います。
そして、ある程度、英語に慣れてきた方にとっても、英語の本質、英語学習の本質に気付かせてくれるヒントが満載の本です。

以下、私のいつもの書評どおり(笑)、気になった点、そうそう!と思った点について、気付いた部分を挙げていきます。

序章 多読に向けての心の準備
では、「物語の本を読むこと」の意義を語っておられます。

p.8 英語を習得するためには、まだ解決していない事柄どうしを結びつけて何らかの結論を導きだすという作業が不可欠です。

この後、「人間の脳は、コンピューターと同じように、データベースとメインメモリ(主記憶装置)に分かれている」という話の説明があり、以下のように続きます。

物語はあなたのメインメモリを刺激してくれます。物語を読んでいると同じ単語、同じ表現、同じ構文にたびたび出会うので、物語に親しむにつれてあなたの脳は鍛えられ、ますます早い判断を下せるようになります。また、物語を読むときは常に頭のデータベースから必要な情報を探すことになり、同じ情報を何度も用いるうちに、その情報はあなたの頭のなかにしっかりと組みこまれるのです。

データベースとメインメモリの例えはとてもわかりやすいです。
データベースにデータを蓄積するだけではだめだ、というのは、英語学習に時間をかけて知識を蓄積しているのに、なかなかそれが英語力として開花しない、というのと通じる部分があると思います。

英語を時間をかけて学んでいるはず、たくさんの知識を覚えているはずなのに、それが実際に英語を扱う時に生きてこない、と感じるのは、その学んだことがデータベースとして保管されているだけで、その情報を使って何かを判断したり計算したりするような「刺激が足りない」ということでしょう。
物語を読み進めることで、「過去に得た情報を引っ張り出してきて、その情報と照らし合わせて判断する」という作業が行われる、そうしてメインメモリを作動させることで、英語を読むコツのようなものがつかめていく、ということだと思います。
私もこのブログで、「前のエピソードにもこういう表現(もしくは似た表現)がありました。」と度々書いていますが、それは、同じ表現や似た表現と何度も出会うことで、その正しいニュアンスが掴めてくる、と思っているからなのですね。


p.13 日本語をどうやって覚えたか?
(母国語である日本語を学ぶ時)みなさんは状況からすべてを学んだのです。つまり、自分の置かれた状況からことばの意味を想像し、次にもう一度そのことばが現れたときに、それまで推測していた意味を訂正したり確認したりすることによって、ことばの意味を把握したのです。


私もこの点については同感です。ベルトンさんは「テーブル」という言葉をどう覚えるかを例に挙げておられますが、そういう目に見えるものの名前だけではなく、心情を表すような言葉でさえ、子供は「状況」から学んでいるのですね。

拙著でも拙ブログでも、「状況」という言葉は頻出していますが、言葉を学ぶ際に「状況」は不可欠な要素なのです。
状況なしで言葉を覚えようとするのは無理があります。

「生きた英語」である「物語」を使って学ぶ際に、これは大切なことだよなぁ、と思ったこと。
p.16 英語を学ぶとき、自分の脳が知らせてくれることを受け入れることは非常に大切ですが、あとで自分の意見を訂正できる能力を保持することが、さらに大切なことです。
(中略)
英語の文は、すべてが基本5文型にあてはまるわけではありません。ですから、自分が教わった型にはてはまらない表現や文に出会うこともあるはずです。なぜなら英語は生きた言語であり、常に変化しているからです。
(中略)
みなさんには自分が本のなかで出会うものをそのまま受け入れ、それまで大切にしてきた情報のデータベースを、たとえそれが学校で習ったことと相容れなくても、積極的に更新していってほしいのです。


ドラマのセリフを学んでいる時にも全く同じことが言えます。
英語を学ぶ時、ノンネイティブの日本人にとって判断が難しいのは、「この英語はナチュラルな表現なのかどうか?」という部分だと思います。
私は「自然か不自然か」の判断は、「ネイティブがそういう表現を使うかどうか?」で決めます。
そして私が判断する材料は、「ドラマのセリフで聞いたことがあるかどうか?」なのですね。

学校で習ってきたことや文法書に書いてある内容と違っていた、という理由で、その「生きた英語表現」を切り捨てるようなことは絶対にしてはいけない、ということです。
生きた英語のいろんなバリエーションを覚えることが、自分の語彙や表現を増やしていくことになるのですから。

フレンズでの一例を出してみます。
フレンズのジョーイが女の子をナンパする時のセリフに、"How you doin'?" というのがあります。
フレンズ4-13 で初めて登場するのですが、それに関する話を、フレンズ3-1その28 でも少し書きました。

挨拶の決まり文句、"How are you?" の変形バージョンのような感じで、現在進行形になっている形ですが、文法的に言うと、be動詞の are が必要になるはずです。
これが中学校の英語のテストなら、"How are you doing?" と書かないとバツにされてしまうところですが、ジョーイは実際に are を発音していませんし、ネットスクリプトや英語字幕でも、are は書かれていません。
この be動詞のない "How you doin'?" という言い方が、「ネイティブっぽい言い回し」なのですね。
それを、「be動詞がないから、こんな表現おかしい、こんな中途半端な表現ばっかり出てくるドラマは、やっぱり英語学習には使えない」と言ってしまっては本末転倒です。
"How are you doing?" になったところで、are は微かにしか発音されません。
are は情報としてはあまり意味のない言葉で、ただ、現在進行形を作る、という文法上の役目を果たしているに過ぎません。
だから、実際に発音される時も、そこにアクセントは来ないし、場合によっては省略も可、だということです。
それが「生きた英語を学ぶ」ということですね。
省略されているのが「いかにもそれっぽい」と思って、逆に私は嬉しくなってしまうのですが。

ドラマの会話はブロークンだから役に立たない、と思っている人は結構いるように思うのですが、日本人が作るブロークンな英語と、ネイティブが話す「わかりきったことは省略する英語」とは、全然質が違います。
ずっと英語で生きてきたネイティブが、「はしょっても構わない、はしょっても意味が通じるから省略している」わけですから、その「省略のされ方」で、逆にどこは省略できないか、どこははずせないか、というのがわかるのです。

私はドラマのセリフを例に挙げましたが、当然、物語のセリフにも同じことが言えます。
物語を多読することで、生きた英語表現を学ぶことの楽しみも、きっとそこにあります。


第2章 英語の本を読むためのアドバイス
会話の前後に使われている動詞に注目
(p.85)では、「said 代用語」についての解説があります。
「said 代用語」というのはベルトンさんの造語で、「会話の直前または直後に使われている動詞」で、「だれかが何かを言ったことを示す動詞 said の代わりに使われる動詞」のことです。
p.88 から、「said 代用語」リストとして、140 もの said 代用語を挙げて下さっています。
これをただ、単語カードを使って丸暗記してもきっと意味はないでしょう。
物語の筋を追いながら、登場人物の状況や心情を推し量りながら、それぞれの said 代用語に出会うことで、その言葉のニュアンスがつかめるようになってくるのだと思います。
日本語に訳すとあまり違いの出ない言葉の使い分けを覚えることはとても難しい、だからこそ、そういうものは、物語の状況を掴みながら覚えていくべきなのですね。


第3章 本の選び方 では、本を5つのレベルに分けて紹介して下さっています。
ここでポイントとなるのは、「語彙ではなく、実際に読むときの難しさに基づく分類」である、ということ。
その「実際に読むときの難しさ」を示す指標として、レベル1から5まで例文が載っているのですが、「例文はどれも基本的に同じ設定、同じ内容になっています。」というところが秀逸です。
晴山さんもこの部分を「同じパッセージを5つのレベルで書き分けてみせるという名人芸」とおっしゃっていましたが、まさにその通りだと思いました。
作家としても活躍されているネイティブスピーカーのベルトンさんだからこそできることだと私も思いました。


第4章 おすすめの本一覧
p.137 英語で本を読む楽しみのひとつは、原作者がネイティブスピーカーに向けて書いたそのままの語で読むことではないでしょうか。
p.138 同じ作家による本をシリーズで読むことは、学習にとって非常に有効です。シリーズ物には同じ登場人物、同じ設定が用いられ、その作家独自の文体を反映した「said 代用語」、形容詞、副詞が頻繁に登場するはずですから、全体的な理解のスピードが上がるにちがいありません。


私がDVDの英語のセリフを英語のまま理解しようとしているのも、「ネイティブが楽しんでいるものをそのまま見て、私も楽しみたい」という思いからです。
「同じ作家による本をシリーズで読む」効果も、私はよくわかります。
ドラマの場合、いろんなジャンルのドラマを見るのももちろん有効だと思うのですが、私がひたすら「フレンズ」に取り組んでいるのは、フレンズというシリーズをずっと見続けることで、ベルトンさんのおっしゃるようなシリーズ物を読むことによる効用と同じ効果を期待できる、ということですね。


以上、いつもの書評どおり超長くなりましたが(笑)、ネイティブの方の書かれた本ということで、本当に様々な気付き、発見がありました。
ベルトンさん、素晴らしい本をありがとうございました!

レベル別に具体的なおすすめの本も挙げられていますので、とても参考になります。
読者の皆様も、ベルトンさんの「英語は多読が一番!」を是非お読みになって、それから、いろんな英語の本に挑戦してみて下さいね!


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posted by Rach at 11:16| Comment(2) | 書評 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
私もクリストファー・ベルトンさんの「英語は多読が一番!」を読みました。書店で見つけてこれは読まねばと思いましたが、Rachさんは発売前にもう読んでいらしたんですね。しかも長い書評でしっかり読んでいらしてさすがです。
この本を読んだ後に、読もうと思って挫折した物語本を読み始めました。なんだか前より読むのが楽しくて…。
英語は耳で聴いても理解できるようにしたいので「英語は多読とドラマが一番!」でしょうか。
Posted by tomo at 2008年12月15日 16:37
tomoさんへ
コメントありがとうございます。
tomoさんも「英語は多読が一番!」を読まれたのですね。

>この本を読んだ後に、読もうと思って挫折した物語本を読み始めました。なんだか前より読むのが楽しくて…。
というtomoさんのコメント、よくわかります。
多読が効果的だ、ということをおっしゃる方は多いのですが、いきなり英語の本を読む、というのはとっつきにくいし、ハードルも高いです。読めと言われて英語の本をさくさく読めるくらいなら、誰もこんなに英語で苦労はしていないわけで…(笑)。

そういう意味で、多読をするにあたっての心構えとか、多読をすることによってどんな英語力が身につくか、などをベルトンさんがうまく説明して下さっていて、とても素晴らしい本だったと思います。

ベルトンさんのご本を読んで、私は「本の多読」の代わりに、「ドラマの多聴」をすることで、同じような効果を実感してきたのだと思いました。どちらも「状況」から英語を覚えるという点は同じですよね?
Posted by Rach at 2008年12月17日 10:04
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