ブログを続ける原動力となります。どうか今日も応援クリックをよろしくお願いします。


同居することを決めたチャンドラーとモニカは、レイチェルに「チャンドラーがモニカの部屋に引っ越してくる」ことを伝えますが、レイチェルは3人一緒に住むことになると思い、喜んでいます。
そこで思い切って、「チャンドラーが引っ越してくる=レイチェルはこの部屋から出て行くことになる」ことをモニカはレイチェルに伝えるのですが、レイチェルはあっさりその件を受け入れ、悲しむ様子もありません。
チャンドラーとジョーイの部屋に、モニカが入ってきて、
モニカ: So I, I told Rachel that it's just gonna be the two of us. (それでね、(一緒に住むというのは)私たち二人のことだって、レイチェルに言ったわ。)
チャンドラー: Oh, yeah? Well, how'd she take it? (ああ、そう。で、レイチェルはそのことをどんな風に受けとめた?)
モニカ: Really well. Yeah. Surprisingly well. Yeah, she didn't cry. She wasn't angry or sad. (Sits down, slightly disgusted.) (ほんとによくわかってくれたわ[納得してくれたわ]。そうよ、驚くほどよくわかってくれてね。そうなの、レイチェルは泣かなかった。彼女は怒りも悲しみもしなかった。[かすかにむかついた感じで座る])
チャンドラー: And you're upset because you didn't make your best friend cry? (それでモニカは怒ってるわけだね、親友を泣かさなかったから。)
モニカ: I mean, all I'm asking for is just a little emotion! Is that too much to ask after six years? I mean, what, are, are, are Rachel and I not as close as you guys? I mean, did we not have as much fun? Don't I deserve a few tears? I mean, when we told Joey, he cried his eyes out! (つまり、私が求めているのは、ほんのちょっとした感情だけよ! 6年も経つのにそれを求めるのは贅沢なの? だって、レイチェルと私はあなたたちと同じくらいに親しくはないの? ほら、同じくらい楽しんでこなかったの? 私には、涙の2、3粒の価値もないの? ジョーイに話した時は、ジョーイは大泣きしたのに! )
モニカは「一緒に住むというのは、3人じゃなくて、私たち2人だけ」だとレイチェルに伝えた話をチャンドラーたちに聞かせます。
How'd she take it? は、How did she take it? で、この take は、「理解する、受け取る、取る」というニュアンス。
それに対するモニカの返事、Really well. Yeah. Surprisingly well. は、She took it really well, surprisingly well. と言っていることになります。
研究社 新英和中辞典では、
take=[しばしば well, ill, seriously などの副詞を伴って] 〈言葉・行動などを〉(…と)受け取る、解する、理解する
You must not take it ill. そのことを悪意に取ってはいけない。
Don't take it seriously. まじめに取らないでください。
その例文にもあるように、take it seriously は「まじめに取る、真剣に受けとめる」となり、take it personally なら、「個人的な話と受けとめる、個人攻撃だととらえる」という意味になります。
そして、take it well は「よく・うまく受けとめる」ということなので、「よくわかってくれる、納得してくれる」みたいなニュアンスになります。
レイチェルにはショックであろう話を、彼女はどんな風に受けとめた?と聞いたところ、モニカは、「レイチェルは良く受けとめてくれたわ、もうびっくりするくらいに問題なくすんなり納得してくれたわ」みたいに言っているわけですね。
surprisingly という副詞からも、モニカが想像していたのとは違った反応、意外な反応だったことがわかります。
take it well というのは具体的にどういうことだったかをその後で説明しています。
レイチェルは泣かなかったし、怒らなかったし、悲しんだりもしなかった、と言って、モニカは革のソファーにどっかり座り、口をとがらせて、自分の太腿をパンパンと叩いています。
その表情と態度から、モニカがそのことをとても不満に思っていることがうかがえます。
そういうモニカの気持ちが手に取るようにわかるので、チャンドラーは、「で、モニカはそんな風に
怒ってるんだね、親友を泣かさなかったから?」のように言っています。
「泣いてくれてもいいんじゃない?と思っているモニカの気持ちはわかるけど、自分の親友が泣かなかったことがそんなに不満?、自分の親友を泣かせたいわけ?、泣かせたら嬉しいわけ?」みたいにちょっと皮肉っぽく言っているわけです。
それに対してモニカは、I mean という言葉を何度も使って、「私が言いたいのはこういうことよ」と、何とか自分のやりきれない気持ちを説明しようとします。
all I'm asking for is just... は「私が求めているもののすべてはただ…だけ」ということですから、「私はただ…を求めてるだけよ」という意味。
おいおい泣いて欲しいわけじゃないけど、just a little emotion 「ほんのちょっとした感情」を求めてるだけよ、ということですね。
あまりにもレイチェルが冷静にそしてあっさりと受けとめたので、ほんのちょっぴりでも、何かしらの感情を見せてくれてもいいんじゃない?ということです。
Is that too much to ask after six years? の that はその前のセリフの「少しの感情」(レイチェルに少しの感情を求めること)を指すでしょう。
そしてこの文は、too 〜 to... 構文にもなっていますね。
too much to ask だと、「求める・願うには多すぎる、多すぎて求めることはできない」ということです。
シンプルに直訳すると、「6年の後で、それは求め過ぎ?」みたいな感じですが、6年の後で、つまり、二人で6年という年月を一緒に過ごしてきた後で、「少しの感情」を願うのは多すぎるって言うの?、そんなことは求めちゃいけないの?、それを求めるのは贅沢だって言うの?みたいなニュアンスです。
ちなみに、細かい話ですが、今のエピソードは、6-2 で、シーズン6が始まったばかりなので、シーズン1から同居を始めたモニカとレイチェルは年月にすると「5年間」同居していることになるはずで、厳密に言えば、after five years となるのが正しいように思います。
A is not as close as B は、「A は B と同じほど close ではない(親しくない)」。
私とレイチェルは、あなたたち(チャンドラー&ジョーイ)と同じくらい親しいと思っていたのに、それは違うっていうの?みたいなことですね。
次の not have as much fun も、あなたたちと同じくらい私たちは楽しんできたんじゃないの?という、男性陣との比較になります。
deserve は「…の価値がある、…を受けるに足る、受けるに値する」。
ですから、Don't I deserve a few tears? は、「私は2、3粒の涙を受けるに値しないの? 2、3粒の涙を流してもらうほどの価値もないの?」ということ。
そして、ジョーイに話した時は、ジョーイは、cry his eyes out したと言っています。
cry one's eyes out は「大泣きする、激しく泣く。目を泣きはらす」。
cry out でも「泣き叫ぶ」という意味になりますが、このフレーズには目的語として one's eyes が入っていますので、直訳すると、「泣いて、目を外に出す」みたいなことなんだろうと思います。
目玉が飛び出ちゃうほど(!)泣きに泣く、というニュアンスなのでしょう。
gouge someone's eyes out なら「(人の)目玉をくりぬく」という意味になりますから、その out の感覚に近いように思います。
LAAD (Longman Advanced American Dictionary) では、
cry your eyes/heart out (= to cry a lot and be very sad)
と出ています。
つまり、cry your eyes out または、cry your heart out は、「たくさん泣いて非常に悲しい」。
heart は「心臓」ですから、「心臓が飛び出そうなほど泣く」→「胸が張り裂けるほど泣く」という感覚になるでしょう。
レイチェルが冷静だったことを、「あなたたち男性陣ほど、私たち女性陣の仲は深くはなかったの?」と比較し、一粒の涙もこぼさなかったレイチェルに対して、ジョーイは目が飛び出そうなほど大泣きしてたのに、と言っているわけですね。
ちなみに、one's eyes という目的語のない、ただの cry out の場合は、out は「大声で、声を上げて、聞こえるように」というような意味ですね。
LAAD では、
read/shout etc. something out (loud) : to say something in a voice that is loud enough for others to hear
つまり、「他人に聞こえるほどの大きさの声で何かを言うこと」。
読む、叫ぶ、泣く、などのような「声を発する」動詞に、「(内から)外に向かって」というニュアンスの out がつくことで、発する声がさらにパワーアップした感覚の「大声で」という意味になるのだろうと思います。
このように、cry out と cry one's eyes out は一見よく似ていますが、前者は、「(out) loud に泣く」、後者は、「泣いて目を外に出す」→「目が外に出てしまうほど泣く」というニュアンスの違いがあって、特に後者は誇張表現だということですね。
ランキングをクリックして、応援していただけると嬉しいです。


I love the Friends show, so I will visit this blog again and learn English more!!
初めまして。コメントありがとうございます。
I'm so glad to hear that you love 'Friends.'
I'd appriciate it if you could visit my blog again.
neverの次に、比較級(最上級)がくると思考が停止します。
20:13
Phoebe: I’ve never been more convinced of your love for her.
(確信が強まったわ)(マジでレイチェルを愛しているのね)
「never」があっても無くても同じ意味になるような気がします。
比較の否定を瞬時に理解するためのアドバイスがあれば、お願い致します。
コメントありがとうございます。
never のような否定語は、<否定語+比較級>の形で「最上級」の意味で使われることが多いです。
I've never been more convinced of your love for her. を直訳すると
「彼女に対するあなたの愛情をこれ以上確信したことは今までなかったわ」
なので
「彼女に対するあなたの愛情を、”今、一番”確信してる」
という「最上級」の意味になります。
単に現在形で
I'm convinced of your love for her. 「彼女に対するあなたの愛情を確信してる」
と表現するのを、さらに強調するために、
「これ以上確信したことは今までなかった」と表現しているということです。
例えば、日本語の表現の「こんなに嬉しいことはない」も「ない」という否定語が入っていますが、実際の状態は「嬉しい」という肯定の意味です。
その嬉しさの「度合を強調」するために「こんなに嬉しいことは今までなかった」「これまでにはなかったほど嬉しい」と表現しているわけで、この英文もそれと同じ感覚になります。
Couldn't be better.「これより良くなることは不可能」→「(調子は)最高」
I couldn't agree with you more.「これ以上あなたに同意することはできません」→「これ以上ないくらい(激しく)あなたに同意します」
のように、<否定語+比較級>を最上級の意味で使うことはよくあります。
何となくそうだろうなとは思っていました。
考えてみれば<否定語+最上級>はちょっとへんですよね。
Rachさんの「なるほど!英文法」162ページ
「否定+比較級」で「最上級」を表す
「見出し」で取り上げている文法書は他にはないような気がします。
最初にRachさんの文法書を調べれば、お手を煩わさなくて済んだのですが・・・
有り難うございました。
たいへんスッキリしました
ご丁寧なお返事ありがとうございます。
文法書も見て下さり、ありがとうございました。