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シーズン6 第21話
The One Where Ross Meets Elizabeth's Dad (彼女のパパはブルース・ウィリス)
原題は「ロスがエリザベスのパパに会う話」
[Scene: Central Perk, time lapse. Phoebe is now looking at the covers of two different books.]
セントラルパーク。(オープニングシーンから)時間が経過している。フィービーは今、2つの違う本の表紙を見ているところ。
チャンドラー: Are you judging them by their covers? Because you're really not supposed to do that. (表紙で本を判断してるの? だって、ほんとうにそんなことはしちゃいけないことになってるだろ。)
フィービー: No, I'm just deciding which one to use. I'm gonna start writing another book! (いいえ、ただどっちを使おうか決めてるところなの。私、別の本を書き始めようとしてるのよ。)
レイチェル: Be-because the last one was such a big seller? (最新の本がすごく売れたから?)
フィービー: Well, if you must know, I have written 14 books. And as I am the only one who has read them, I can tell you that they all have been very well received. (そうねぇ、是非知りたいと言うなら(教えてあげるけど)、私はこれまでに14冊の本を書いたのよ。そして私はそれらの本を読んだ唯一の人間だから、私はあなたたちにこう言えるのよ、その本は全部、好意的に受け止められたって。)
チャンドラーは Are you judging them by their covers? とフィービーに言っています。
cover は本の表紙のことですね。
この「表紙で本を判断する」というフレーズは慣用句になります。
外側の表紙だけを見て、中身を判断する、ということですから、「ものを見かけや外見だけで判断する」という意味になるのですね。
LAAD (Longman Advanced American Dictionary) では、
don't judge a book by its cover : used to say that you should not form an opinion based only on the way someone or something looks
つまり、don't judge a book by its cover は、「誰かや何かがそう見える様子だけに基づいて、意見を形成すべきではないと言う時に用いられる」。
つまり、「人やものを見かけで判断しちゃいけないよ」と言う時のフレーズが、Don't judge a book by its cover. なのですね。
フィービーが、2つの本の表紙を見比べているので、「(慣用句にあるように、文字通り)君は表紙で本の中身を判断しようとしてるのか?」と言っていることになります。
Because you're really not supposed to do that. の Because は「なぜなら…だから」で、「どうして俺が”表紙で本を判断してるの?”と言ったかというと、以下の理由からだ」みたいな感覚。
be supposed to do は「〜することになっている」で、それを否定文にした be not supposed to do は「〜してはいけないことになっている」になります。
not の前に really がついて、not を強調しているので、「本当にそんなことはしてはいけないことになっている」という感覚になるのですね。
「本当にそんなことしちゃいけないんだよ」というのは、慣用句でそういう表現があるけど、ただの慣用句じゃなくて、実際、ほんとにそんなことしちゃだめなんだ、表紙で本の中身は判断できないんだよ、と言っているわけですね。
フィービーは No と否定した後、「私はただ、どっちの方を使おうか決めようとしているだけ」だと言っています。
その後、another book を書き始めるつもりなの、とも言っていますね。
another 「もう1つの」と言ったことから、それが初めての本ではなく、過去にも本を書いたかのような口振り(くちぶり)なので、レイチェルは「なぜなら、最新の本が、とってもビッグセラーだったから?」のように聞き返しています。
seller は「よく売れるもの」ですから、such a big seller は「とてもよく売れたもの」になります。
「どうして次の本を書こうとしてるかって言うと、それは、前の本がバカ売れしたからかしら?」みたいな聞き方をしているわけですね。
そこには「フィービーが書いた本が売れたって話は聞かないし、そもそも、フィービーが本を書いたってことすら知らないんだけど」みたいに、からかいの気持ちで言っているのがわかります。
そういうレイチェルの意図を察したらしいフィービーは、Well, if you must know, I have written 14 books. と言っています。
直訳すると、「そうねぇ、もしあなたが知らなければいけないのなら、私は(これまでに)14冊の本を書いたのよ」ということになるでしょう。
この if you must know というフレーズは、研究社 新英和中辞典では、以下のように説明されています。
must=[主張を表わして] ぜひ…ねばならない (注:must が通例強く発音される)
例) Talk to him yourself if you must. 「ぜひにというなら自分で彼と話してみるんだな」
つまり、「どうしても君が…しなければならないと言うのなら」という感覚ですね。
このフレーズについては、英英辞典の説明は以下のようになっています。
LAAD (Longman Advanced American Dictionary) では、
if you must (do something) : used to tell someone that they are allowed to do something, but that you do not approve or agree with it
例1) All right, come with us, if you must.
例2) "Who was that girl?" "Well, if you must know, her name is Mabel."
つまり、「ある人がそれをすることを許されているが、自分はそのことを承認したり同意したりしていないことをその人に言う時に用いられる」。
例文1は、「わかったよ、俺たちと一緒に来いよ、君がぜひにと言うなら」。
例文2は、「あの女の子は誰だったの?」「うーん、君がぜひ知りたいと言うのなら、彼女の名前はマーベルだ」。
Macmillan Dictionary では、
if you must know : (spoken) used for answering someone in an annoyed way
例) He's not my boyfriend any more, if you must know.
つまり、「いらいらした様子で誰かに答えるのに用いられる」。
例文は、「彼はもう私の恋人(彼氏)じゃないわ、ぜひ知りたいって言うんなら(教えるけど)」。
if you must という形以外だと、if you must know のように know と一緒に使われるパターンが多いことが、ロングマン、マクミランを見てもわかります。
ロングマンもマクミランも、「君がぜひとも、どうしても知りたいって言うんなら、教えてあげないこともないけど(自分としては率先して進んで教えたいわけではない)」というようなニュアンスが感じられますね。
フィービーのセリフも、レイチェルがからかったようにそう言ったことに対して、「私の本のことをどうしても知りたいって言うんなら、(渋々ながら)教えてあげるけど」というようなニュアンスが感じられる気がします。
「本なんか書いてるの?」って言いたいようだけど、実際にちゃんと本を14冊も書いたんですからね、みたいなことですね。
as I am the only one who... の as は「理由を表す接続詞」。
because ほどの明白な理由のニュアンスを出さずに、軽く理由を述べたい時に使われる接続詞です。
as は「〜として」という前置詞としても用いられますが、その場合は後ろに名詞が続きますね。
「その14冊の本を読んだ唯一の人間として」と言いたいのであれば、as the only one who... のようになるでしょう。
フィービーのセリフは、「私がその14冊の本を読んだ唯一の人間だから、あなたたちに(that 以下のこと)を言うことができる」という構造になります。
have been received は、現在完了形+受動態の形。
直訳すると、「受け取られてきた」ということですね。
very well に受け取られた、ということですから、「よく・好意的に受け止められた」というような「評判が良かった」という意味になるでしょう。
LAAD では、
receive : REACTION TO SOMETHING [usually passive] to react in a particular way to a suggestion, idea, performance etc.
例) Hawke's first novel was well received by many critics.
つまり、「提案、考え、業績などに対してある様子で反応すること」。
例文は、「ホークの最初の小説は、多くの批評家に好意的に受け止められた」。
usually passive 「たいていは受動態で」とあるように、be well received の形で用いられることが多いようです。
ロングマンの例文とフィービーのセリフには非常に似たニュアンスがありますので、このような形で使われるのが一般的だということがよくわかりますね。
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過去にレイチさんのブログで次のページに行けないとトラブっていたものです(^_^;)
久しぶりですが、ブログはしっかり見てますよ(^O^)
なんせペースが遅いもので…
ネタバレしないようにとなかなか最新のブログが読めないのです。
ところで、今回全くフレンズとは関係ないのですが、英語の質問をできる人がいないもので、
非常に質問しにくいのですが、
「I think I'm not sick.」と
「I don't think I'm sick.」
は、どちらが自然なのでしょうか?
簡単な文なのに気になって気になって仕方がないのです(>_<)
コメントありがとうございます。
ブログが次のページへ行けないという件でのお問い合わせの後も、引き続き、拙ブログを読んで下さっているとのこと、光栄で嬉しいです。
さて、ご質問について。
「I think I'm not sick.」と「I don't think I'm sick.」のどちらが自然か、については、後者の I don't think I'm sick. が自然だと思います。
研究社 新英和中辞典では、
I don't think (that) it will rain. 雨は降らないだろうと思う (比較:I think (that) it will not rain. よりも一般的)
と説明されています。
英英辞典の、LAAD (Longman Advanced American Dictionary) でも、think の項目で、
I think / I don't think (that) : used when you are saying that you believe something is or is not true or correct, although you are not sure
例1) I think you're right.
例2) I don't think he likes Penny very much.
つまり、「確信していないけれども、自分が何かを信じている、または何かが真実ではない、正しくないと言う時に用いられる」。
例文1は、「君は正しいと(私は)思う」。例文2は、「彼がペニーをそれほど好きだとは思わない[彼はペニーをそんなに好きではないと思う]」。
英英辞典の用例が、I think と I don't think のように対として挙がっていることからも、英語では、「that 以下であると思う」か「that 以下であるとは思わない」かのように表現するのが一般的だということになるでしょう。
例2が、I think he doesn't like Penny very much. という形になっていないことからも、I don't think の形がより自然であると言えると思います。
実際に、海外ドラマや洋画で多くのセリフに触れた経験からも、I don't think... の形が自然だと感じます。今後、拙ブログを読んでいただく間にも、I don't think... という形は実にたくさん登場してくると思います。試しに自分のブログで、"I think I don't" や "I think I'm not" のような形を調べてみましたが、やはりヒットしませんでした。それが間違いということでもないでしょうが、普通は、I don't think I'm みたいに、not をできるだけ前に出す形が自然だと言うことですね。
簡単な文章なのに疑問がわいてしゃべる時に言葉につまってしまうんですよね。
といっても、実際に人と会話することなく一人でブツブツ言ってるだけなんですよ。
わたしも主婦ですが、英語関係の仕事をしているわけではなく、英語を勉強をしても生かせる機会はないんですけどね・・・
昔から英語だけは好きで、だけど普通の人よりできるわけではなくて学生のときによく悩みました。
だけど年月が経って主婦生活を送る間に、毎日少しでも英語に触れてることで幸せならそれはそれでいいなってとこまで来ちゃいました(笑)
その中でのレイチさんのブログは私の大きな存在なので、これからも応援させてください。
こちらこそ、ご丁寧なお返事ありがとうございます。
疑問がわいた時には、できるだけそれを調べて確認できた方がいいですよね。また、何か疑問が出て来た時には、お気軽にご質問下さいませ。
「英語が好き」ということは、英語力を伸ばす上でとても大切なことだと思います。やはり私も英語が好きだったからこそ、このブログを続けることができたのだと思いますし。好きでずっと触れていられるからこそ、わかることもあると思っています。
「大きな存在」と言っていただけて光栄です。温かい応援のお言葉もありがとうございます。誰かのお役に立てるのであれば、これからも頑張ろうと思うことができます。
これからもよろしくお願いいたします。