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フィービーはマッサージ師(masseuse)なのですが、モニカがフィービーに内緒で、他の女性(名前はアレキザンドラ)にマッサージをしてもらっていることを知り、フィービーは大激怒。
その少し後のシーン。
フィービー: (entering) Hello, Chandler. Lovely day, huh? (To Monica) You! ([チャンドラーとモニカの家に入ってきて] こんにちは、チャンドラー。素敵な日ね? [モニカに] あんた!)
チャンドラー: Phoebe, if it helps, Alexandra's only been massaging Monica for like three years. (Phoebe rolls her eyes and walks away and Monica glares at him.) If! I said, "If it helps!" (Goes to the bedroom.) (フィービー、もし何かの助けになるならだけど、アレキザンドラは、モニカを3年ほどマッサージしてきただけなんだよ。[フィービーは、あきれたように目をむき、歩き去る。モニカはチャンドラーをにらむ] もし!だよ。俺は、「もし何かの助けになるなら」って言ったぞ! [寝室に行く])
フィービー: Why won't you let me massage you? (どうしてあなたは、私にあなたをマッサージさせないの?)
モニカ: Well, it's... I mean I'd just-I'd be self-conscious. You're my friend. I'd be naked. (うーんと、それは…ほら、(そういう状況では)人前であることを気にしてしまうから。あなたは私の友達でしょ。私は(その時)裸なのよ。)
フィービー: Monica! We lived together for years! I've seen you naked! (モニカ! 私たちは何年も一緒に住んでたのよ! あなたが裸なのを見たことあるわ!)
モニカ: That's different. We were roommates! And when?! (それとは別よ。私たちはルームメイトだったんだから! で、(私の裸を見たって)いつよ?!)
フィービー: I'm curious about the human body. (私は人体に興味があるのよ。)
いつもは(なぜか)チャンドラーに厳しい(笑)フィービーですが、マッサージ師である友人の自分を差し置いて、別の女性にマッサージさせていたモニカへの怒りが最高潮なため、これみよがしに、チャンドラーに愛想よく挨拶しています。
その後、モニカをにらみながら、You! と強い口調で言っていますが、その憎々しい感じを出そうとすると、「あなた!」よりも「あんた!」の方がふさわしい感じですね。
怒っているフィービーに、チャンドラーは、if it helps と言って、モニカのマッサージをしていたアレキザンドラの情報を伝えています。
自動詞の help は「役立つ、助けになる、足しになる」なので、if it helps は、「これから俺の言うことが何かの役に立つのなら、何かの助けになるのなら、だけど」と前置きした感覚になります。
怒っているフィービーに対する言葉であることを考慮すると、「これで君の気が少しでも晴れれば、少しでもその怒りが収まれば」みたいな感じになるでしょう。
そんな前置きをした上で言った、アレクザンドラ情報は、「彼女はモニカを、3年間ぐらい、マッサージしてきただけ」。
チャンドラーは、only を使って「たった3年間」みたいに言っていますが、聞いたフィービーは、「つい最近からかと思ったら、3年もですって?」と思ったことは間違いなく、火に油を注ぐ形になってしまっています。
フィービーはあきれた顔をして、モニカは「何、余計なこと言ってくれちゃってるのよ!」のように夫チャンドラーをにらんでいます。
明らかに二人を敵に回したチャンドラーは、「”もしも”だよ。俺は”もしも助けになるなら”って言ったぞ」と言っているのも面白いですね。
「もしも、なんだから、助けになる場合もあれば、全く助けにならない場合だってあるさ」みたいな言い訳っぽいセリフになります。
フィービーは、Why won't you...? を使って、モニカに質問しています。
Why don't you...? という現在形の場合は、「〜したらどうですか?」という提案を表しますね。
今回の won't の場合は、相手の「意志」を尋ねているニュアンスになるでしょう。
「どうして〜しようとしないの? 〜しようと思わないの?」というところですね。
self-conscious は「自分自身を意識する」ということで、「自意識過剰」という言葉で訳されることもありますが、要は、「人前を気にする、人がいるということを気にする、他人の目・視線を気にする」みたいな感じになります。
自分一人の時には意識しないようなことを「他人がそばにいる」ことで意識してしまう、他人の存在が「自分、自我」を強く意識させる、ということですね。
LAAD (Longman Advanced American Dictionary) では、
self-conscious : worried and embarrassed about what you look like or what other people think of you
つまり、「自分がどのように見えるか、または他人が自分のことどう思うか、などを心配したり、恥ずかしく思ったりする」。
言葉としては、「自分自身を意識する」ということですが、そこには必ず「他人の目から見てどう思われるか」という意識が働いている、ということですね。
モニカのセリフは、
I'd be self-conscious. You're my friend. I'd be naked.
のように、1) would be 2) are 3) would be
と変化しています。
2) の You're my friend. というのは、「フィービーは私の友達である」という事実を述べている感覚で、その前後の would be は、「もしフィービーが私をマッサージするという状況になったら」という仮定のニュアンスが込められていると考えると良いでしょう。
「きっとその時は、あなたがいることを強く意識しちゃうわ。だってあなたは私の友達だもの。その時、私は裸なのよ」のようなニュアンスですね。
友達であることは、現在未来に関わらず、変わらぬ事実なので、「もしあなたが私をマッサージすることになったら」という仮定の話でも、2) の部分は、are という現在形でオッケー、ということになるでしょう。
「あなたの前で裸になるなんて、恥ずかしくて意識しちゃうわ」と言うモニカに、「私たちは何年も一緒に住んでたのよ! あなたが裸なのを私は見たことあるわ!」とフィービーは言っています。
日本語だと「あなたの裸(所有格+”裸”という名詞)を見る」のように表現するので、nudity 「裸」という名詞が先に頭に浮かんでしまいそうですが、英語では、see you naked 「あなたが”裸である状態”を見る」のような形(see you 補語(形容詞))になることにも注意しましょう。
see someone naked という形は、恋愛コメディとも言えるフレンズには頻出で、ごく初期のエピソード、フレンズ1-3 でも、
モニカ: Uh, no. Loosely translated, "We should do this again," means: "You will never see me naked." (あぁ、違うわ。ざっと訳すと、「もう一度、こういうことしようよ[こんな風にデートしようよ]」は、「君は(これから先)俺の裸を見ることはないよ」って意味よ。)
という形で登場していましたよね。
モニカは、「それは別よ(それはまた別の話よ)。だって私たちはルームメイトだったんだから」と言って、ルームシェアしていて裸を見るのと、マッサージをしてもらうこととは全くの別物だ、と言うのですが、その後、改めて気づいたように、And when?! と尋ねています。
「そりゃあ、ルームメイトだから裸を見ることもあるだろうけど、、」と言いかけて、「でもルームメイトでも、お互いの前を裸でウロウロしていないのに、見たって一体、いつ見たのよ?」と驚いて尋ねているわけです。
フィービーは、「私は人体に興味があるの、好奇心があるの」みたいに言っています。
「ヒューマン」というカタカナでもニュアンスはわかりますが、改めて英英辞典で調べてみると、LAAD では、
human : belonging to or relating to people, especially as opposed to animals or machines
つまり、「人に属する、または人に関係する、特に動物や機械に対立するものとして[とは対照的なものとして]」。
女性としての裸のようなエッチな興味の対象ではなく、人間の体・人体(human body)に興味があるだけよ、と、さも科学的な興味から来たものであるかのように言って、はぐらかしている感じですね。
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