2016年03月24日

キャベツ畑人形の衣装を借りる フレンズ10-8その4

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感謝祭のディナーに遅刻した4人は廊下で話をしています。
レイチェルが娘エマを、赤ちゃん美人コンテストに出場させたと知って、エマの父親であるロスが怒っているところ。
ジョーイ: Wait a second, wait a second. Where have I seen that cowgirl outfit before? (ちょっと待って、ちょっと待って。(エマが着ている)そのカウガールの服装、俺、前にどこで見たんだっけ?)
ロス: I can't believe this. She's our daughter! That you would treat her like some kind of show dog is inexcusable! (こんなの信じられないよ。エマは僕らの娘だよ! 君がエマを、ドッグショーの犬か何かみたいに扱おうとしたなんて、許し難いよ!)
レイチェル: She won a thousand dollars! (エマは 1,000ドルの賞金をもらったのよ!)
ロス: So this is an annual thing? (それで、これは毎年開催されるの?)
ジョーイ: (realizing) Oh! That's Alicia May Emory's outfit! ([気づいて] あぁ! それ(エマが着てる服)は、アリシア・メイ・エモリーの服だ!)

エマを赤ちゃん美人コンテストに出場させたことで、ロスとレイチェルがモメている中、ジョーイは「ちょっと待って、(今エマが着ている)そのカウガールの衣装、俺は以前にどこでそれを見たことがあるんだったかなぁ?」みたいに言っています。
視線を上に向けて、どこで見たのかを思い出そうとしていますが、ここではまだピンと来ていない様子。

「こんなの信じられないよ。エマは僕ら(二人の)娘だよ」と言った後のセリフ、That you would treat her like some kind of show dog is inexcusable! について。
この that は、名詞節を導く接続詞の that ですね。
that SV という名詞節を作り、通常は、It is 形容詞 that SV. の形で、「SがVすることは(形容詞)である」という文章を作りますが、今回は、長すぎる that 節を後ろに回して、前に仮主語の It を置くという形ではなく、it なしで、直接、that 節を主語の位置に配置した形となります。
研究社 新英和中辞典にも、
that 【接】[名詞節を導いて]
(1) [主語節を導いて] (…)ということは
That he's alive is certain. 彼が生きていることは確かだ。

という例文が出ているように、It is certain that he's alive. を it を使わずに表現すると、こういう形になる、ということですね。

That you would... というロスのセリフは、「君がエマを、ある種の show dog のように扱おうとしたということは、inexcusable だ」と言っていることになります。
show dog は「ショーの犬」、つまり、「ドッグショーに出る犬」ということですね。
inexcusable は、「in- (否定の接頭辞)+excuse(言い訳する、弁解する)+ -able (可能の接尾辞)」ですから、「言い訳・弁解することができない」→「許し難い」という意味。
僕に断りもなく、娘をドッグショーの犬みたいに見せ物にするなんて、許し難いよ! と強く怒っていることになるでしょう。
怒るロスにレイチェルが、「彼女は、1,000ドルの賞金を勝ち取ったわ!」と言うと、ロスが瞬時にしれっとした顔で、「それで、このイベントは毎年のこと?」みたいに言うのが面白いですね。
あんなにプリプリ怒っていたのに、賞金で 1,000ドルも貰えると知るやいなや、「この美人コンテストって毎年あるのかな? あるなら来年も出て賞金もらえるんじゃない?」みたいにロスが考えを変えたことが、このセリフからわかる仕組みですね。
2つ前の記事、中身が大事だってまだ信じてる フレンズ10-8その2 で、レイチェルは最初、エマを美人コンテストに出すことを拒んでいましたが、賞金が 1,000ドルと聞いて急にやる気になっていました。
エマのパパとママであるロスとレイチェルが、「1,000ドルと聞いて、ころっと気が変わる」という同じ反応をしているのも、面白さのポイントとなっているでしょう。

ロスとレイチェルがそんな話をしていると、ジョーイは急に何か思い出したように、「あぁ、それは、アリシア・メイ・エモリーの服だ!」と叫んでいます。
エマはこのカウガールの衣装をあるところから借りているのですが、そのやりとりは、これより前のシーンに、以下の形で出てきました。

エマを赤ちゃん美人コンテストに出すよう、フィービーに勧められたレイチェルはその気になり、
フィービー: Okay. Oh, and Emma needs a cowgirl outfit for the competition. (オッケー。あぁ、それでコンテストのために、エマはカウガールの衣装が必要なのよ。)
レイチェル: Where am I gonna get a cowgirl outfit on Thanksgiving? (感謝祭に、どこでカウガールの服を手に入れることができるっていうの?)
フィービー: Well, I was thinking-- (うーん、私考えてたんだけど…)
レイチェル: Oh, take the clothes off Joey's Cabbage Patch Kid! (あぁ、ジョーイのキャベツ畑人形の服を脱がせる?)
フィービー: Yeah! (そうよ!)

このやりとりで語られているように、今エマが着ているカウガールの衣装は、ジョーイのキャベツ畑人形(Cabbage Patch Kid)が着ていた衣装だということですね。
キャベツ畑人形というのは、1982年〜1983年頃に大ブームとなった人形のこと。
私は当時中学生で、その人形を買ったりはしていませんが、ブームとなったことはよく覚えています。
どんなものかご存じない方は、Google 画像検索で調べるとたくさんヒットします。また説明としては、以下の「はてなキーワード」の説明がわかりやすいですね。
キャベツ畑人形とは - はてなキーワード
公式サイトはこちら↓
Cabbage Patch Kids Home page
日本語版ウィキペディアには項目がありませんが、英語版ではこちら↓
Wikipedia 英語版 : Cabbage Patch Kids

人形は一つひとつ違う形で、出生証明書付きであるなど、「私だけの人形」を意識させる販売方法を取っていたことで大ブームとなり、ジョーイもそのブームに乗って、キャベツ畑人形を持っていた、ということがわかるわけですね。
patch というのは「パッチ、あて布」という意味ですが、「(耕作した)一区画、一区画の土地」という意味もあるので、a cabbage patch は「キャベツ畑」という意味になります。

子供に「赤ちゃんはどこから生まれて来るの?」と聞かれた時に、大人が言う答えとして、「コウノトリが運んでくる」「キャベツ畑から生まれる」というものがありますので、その「キャベツ畑」が、この人形のネーミングになっているようですね。


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posted by Rach at 14:20| Comment(26) | フレンズ シーズン10 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
Rachさんこんにちは。
2番目のtogetherにはshouldが省略されて
いると思うのですが・・・
解説よろしくお願いします。

15:46
Rachel: You know what?
I don't want to be with them either,
but it's Thanksgiving and
we should not want to be together together.
Posted by Tamashiro-OB at 2020年10月24日 17:17
Tamashiro-OBさんへ
こんにちは。ご質問ありがとうございます。

together は「一緒に、一堂に集まって」で、together together と2回言葉を重ねているのは「まさに”一緒に”という意味で”一緒に”」のような、「一緒にという言葉の意味通りの”一緒に”」という感覚になります。

他の作品になりますが、このように単語を重ねることで「文字通りのその意味」であることを示したセリフがありました。

『ストレンジャー・シングス』s1-2 で、ある秘密をもう親に話してしまおうと言うダスティン。しかしマイクは「話したら危険だ」と言い張ります[29:38]。
ダスティン : Mike, what kind of danger? (マイク、(危険って)どんな危険なんだよ?)
マイク : Danger danger. (危険っていう危険だ。)

この会話も「どんな危険も何も、文字通りの危険って意味の危険だ。とにかく危険なんだ」と答えたことになるでしょう。

今回の会話に戻りますと、和訳は以下のようになるでしょうか。
レイチェル: Oh, I know! I still have my old key! (She goes in to get it and comes back with her keys) We can just unlock the door. (あぁ、そうだ! 私まだ古い鍵を持ってるわ! [レイチェルは鍵を取るために部屋の中に入り、鍵を持って戻ってくる] ドアのカギを開けられるわよ。)
フィービー: Well, I don't know if that's such a good idea. They clearly don't want to be with us. (まぁ、それってそんなにいい考えかどうかわからないけど。二人は明らかに私たちと一緒にいたくないと思ってるわよ。)
レイチェル: You know what? I don't wanna be with them either, but it's Thanksgiving, and we should not want to be together together. (Goes to unlock the door) (ねえ。私だって二人と一緒にいたくはないわ、でも今日は感謝祭よ。だから私たちは「一緒にいる、っていう意味で一緒にいる」ことを望むべきではないのよ。)

このレイチェルのセリフが面白いのは not の部分です。実際の発音でも not の部分を強めに発音していますが、そのセリフを直訳すると「感謝祭だから、「文字通りの一緒にいる」ということを望むべきではない」ということ。モニカとチャンドラーは他の4人と一緒にいたくないと思っている、レイチェルも「私だって一緒にいたくない」と言っている。となれば、普通なら「どちらも一緒にいたくないと思っているのだから、鍵をこじ開けてまで一緒にいる必要はないのでは?」となるところです。
レイチェルのセリフ「”友達が仲良く一緒に過ごす”という文字通りの意味の together を求めるべきではない」というのは、文字通りの意味で”一緒に過ごしたい”って気持ちがあるかどうかじゃなくて、「感謝祭は(一緒に過ごしたいかどうかという本人の気持ちにかかわらず)一緒にいなくちゃいけないものである」という、「伝統、慣習」を守るためにすぎない、と言っていることになるわけです。ですから意味としては「相手と一緒にいたいと思うという気持ちなんかどうでもいい。感謝祭という伝統行事だから一緒にいないといけないのよ」ということで、感謝という言葉とはほど遠い、「一緒にいたくないと思っても一緒にいないといけないの」とムキになっているレイチェルの面白さになっていると思います。
Posted by Rach at 2020年11月01日 10:49
Rachさん、こんにちは。
私も意味的にはRachさんとおなじですが・・・

[Crazy For Friends]のシナリオでは
[together, together]と「,」が
入っています。Rachelも[together]を
分けて、2番目は強めに言ってます。
後の[together]は[should be together]で
[should be]を省略しているのではないで
しょうか?

we should not want to be together,
(should be) together.

Posted by Tamashiro-OB at 2020年11月01日 17:47
Tamashiro-OBさんへ
こんにちは。お返事ありがとうございます。

together together で2番目を強く言っているのは、1番目の together が「いわゆる together のような」という形容詞的なニュアンスで使っているからです。
記号で書くとすると、カンマというより "together" together のような感覚です。
「together のような together」ということから、メインの2番目の単語を強く発音していることになると思います。

DVD字幕、Netflix 共にカンマは入っていません。
ネットスクリプトにカンマが入っていたのは、一般的に together together という言葉がないためで、上のように引用符を入れる代わりにカンマで区切っただけだと思います。

前に例に挙げた『ストレンジャー・シングス』の Danger danger. も "Danger" danger. ということです。「どんな種類の危険か?」と尋ねられたことに対して「危険という種類の危険だ」と答えているわけで、そちらの方が形容詞的ニュアンスで使っていることがわかりやすい例になっていると思います。
今回の together together も同じ原理になります。

お互い一緒にいたくないと思っているけど、それでも部屋に入ろうとしていることを、
together という言葉が示すような「本来の意味の together」、「いわゆる”一緒に”っていう意味の”一緒に”」を求めるべきではない、
「本心からの”一緒に”を求めるべきではない」
と表現していることになると思います。
Posted by Rach at 2020年11月01日 23:35
Rachさんへ
丁寧な解説ありがとうございます。

「together together」は
「本心からの”一緒に”を求めるべきではない」
という強い結びつきだとすると
「一緒にいないといけないの」は
「 but it's Thanksgiving」だけで
強調されていない。
それでもムキになっているレイチェルが
面白いということですね?

形容詞の重なりをひねくれて考えてしまい
ました。

Rachさんのブログは双方向だから
勉強になります。
これからもよろしくお願いします。
Posted by Tamashiro-OB at 2020年11月02日 10:07
Tamashiro-OBさんへ
勉強になりますと言っていただき光栄です。
ご丁寧なお返事ありがとうございました。
Posted by Rach at 2020年11月02日 21:38
こんにちは

この台詞には「感謝祭なんだからみんなで一緒に...をするべきだ」という考え方が根底にあります。ところがレイチェルが提示しているのは、みんなで一つのテーブルを囲みながら互いに「一緒にいたいと思わない」という、いかにも皮肉な状況です。これがこの台詞の面白さでしょう。

(私だって二人と一緒にいたくはないわ、でも今日は感謝祭だから、私たちは「一緒にいたくない」と一緒に思うべきなのよ。)

not が否定しているのは should ではなく want です。文末の together は not want にかかっています。
Posted by mq at 2020年11月02日 21:42
mqさんへ
こんにちは。コメントありがとうございます。

>not が否定しているのは should ではなく want です。文末の together は not want にかかっています。

とのご意見を読ませていただいた後、もう一度、シーンを聞き直して見たのですが、確かにおっしゃる通りだと思いました。

We should do something together. 「あることを一緒にすべきである」という文章があったとして、今回はその一緒にしようとしている内容(上の文の do something に当たる部分)が「一緒にいたくないと思う(not want to be together)」になるということですね?

「一緒にいたいという気持ちを一緒に思う」なら内容として矛盾はないけれど「一緒にいたくないという気持ちを(感謝祭だから)一緒に思う」という矛盾がこのセリフのポイントだった、「みんなで一緒に何かをするのが感謝祭」であることを使った皮肉だったということだったのですね。

最後の together は be together 「一緒にいる」ではなくて、do something together 「一緒に何かをする」の together だった、そして、(not) want が「(一緒に)何かをする」ことを表す一般動詞に当たる、ということに気づけなかった、、、
というのが解釈を間違えた原因だったようです。

貴重なご意見ありがとうございました!
Posted by Rach at 2020年11月02日 23:23
こんにちは。

[should]と[not]を分けるのは
文法的に違和感があります。
notは、[shouldn't want]と
助動詞につくべきでしょう。

[together together]が、[danger danger]のような強調のなのか、前が[否定のtogether]、
後が[肯定のtogether]なのかと思っています。

[肯定のtogether]だとすると何かが省略され
ていると考えるのが自然です。
[should not]は[want]を否定し、[肯定のtogether]の前に[should]省略されている
と考えるのが文法的なのかな・・・

[we should not want to be together, together.]⇒[we should not want to be together, (but we should do something) together.]

[not]は[want]を打消し、[should]は後の[together]に繫げるのは不自然なよう
な気がしています。


Posted by Tamashiro-OB at 2020年11月03日 15:19
Tamashiro-OBさんへ
こんにちは。お返事ありがとうございます。
ここから書く内容は「今の私がこう思う」という意見に過ぎませんし、それを押し付けるつもりもありません。私が今の結論としている解釈が一番「フレンズらしい」と思った理由を書かせていただきますが、あくまでも参考程度にお聞きいただければ幸いです。

まず、together together の部分を、
否定の together + 肯定の together
であると解釈するのは文法的に不可能だと思っています。
前の together を not で否定している以上、後ろの together を肯定だとする場合には、
but we should do something together か
but we should be together のように、「改めて、否定ではなく肯定であることを表現する」必要があると思います。
その部分を省略して、カンマだけの ", together" という一語のみで、前文とは反対の「肯定」の意味だと表すのは無理があると思うのです。文法的にも「否定を肯定であるとひっくり返すような重要な部分」の省略は不可能だと考えます。

このような状況の場合、一般的に「言いそうなセリフ」を考えると、「(私だって二人と一緒にいたくないわ。)でも、感謝祭なんだから、たとえ一緒にいたくないと思っても、一緒にいないといけないのよ!」となるでしょうか。
それを英語にすると、
but it's Thanksgiving, and we should be together, even if we don't want to be together.
というところですが、そういうことを言いたいのであれば、まさにそのように表現しただろうと思います。
レイチェルのセリフもそのような意味だと解釈したいところですが、レイチェルのセリフの英文では(先ほど挙げた理由から)そのような意味に捉えることは不可能だと思うのです。

そのような省略ではないと結論づけた上で、その後、
We should not want to be together together.
という文を解釈しようとした時、私も最初は文法的な構造を考えて、
We should not want to be (A). 「(A)であることを望むべきではない」
という構造しかありえないと考えました。
「感謝祭だからみんなで一緒に仲良く過ごす」という、本来の together の意味での「一緒に」を望むべきじゃないのよ、という意味で言っていると考えれば、文法的にはつじつまが合うと思ったので、それで danger danger のようなニュアンスで together together と言ったのだと私は解釈したわけです。

ですが mqさんの解釈を読ませていただいた後、その解釈が一番しっくりくると思ったので、私は今の結論として mqさんの解釈が正しいと考えています。

感謝祭なんだから We should do something together. 「私たちは一緒に〜すべきである」ということが大前提としてあり、それを使った皮肉ということですが、このセリフの解釈が難しいのは do の部分が not want という「動詞の否定」になっている点です。
これを「一緒にいたくないと思う」ではなくて「一緒にいるのを嫌がる」のような hate to be together と言い換えると、以下のようになり、もう少し構造が分かりやすくなる気がします。

but it's Thanksgiving, and we should hate to be together together. 「でも感謝祭だから、一緒に、”一緒にいるのを嫌がる”べきなのよ/”一緒にいるのを嫌がる”ってことを一緒にすべきなのよ」

このように hate で置き換えた場合は、文法的にも問題なく、そのような意味に解釈可能だと思います。
ですが、この会話の流れでは
They clearly don't want to be with us.
I don't wanna be with them either,
のように "don't want to be (with)" という言葉が繰り返し使われているので、その not want という言葉を使って皮肉を言おうとすると、"not want" をまるで一つの動詞のように使って、レイチェルのセリフのように表現することになった、ということだと考えています。レイチェルがことさら not を強調しているのは should do 「”する”べき」のようなニュアンスで should not-want 「”〜したくないと思う”べき」と表現していることの表れだと言える気がします。あえて文法的な言葉で表現しようとすると、「否定の原形不定詞(not do)」に近いものを感じます。

should not want を should / not want と区切るのが文法的に違和感がある、というご意見は私もよくわかります。私も最初はそう思って、"together" together のように解釈したわけですが、改めてセリフの音を聞き直してみると
should / not want to be together / together
のように not want to be together が音としてひとまとまりになっているように聞こえます。should not よりも not want のほうが「くっついている」という感じです。

また、mqさんの解釈のほうが、より面白く、またより「フレンズ」的だと感じます。「感謝祭なんだから、一緒にいたくなくても、一緒にいないといけないの」だと月並みなセリフになってしまいますが、「感謝祭なんだから一緒にしないといけないの!」と表現し、その「一緒にしないといけないこと」が「一緒にいたくないと思うこと」という皮肉になっているというこのセリフは、非常に完成度の高いジョークになっていると思います。
Posted by Rach at 2020年11月03日 17:27
こんにちは。
should / not want to be together / together

前回と同じですが、
前のshouldと後のtogetherを結ぶのは、
英語のリニア思考に反する思うので、
should not want to be together / but should be together
レイチェルのマインドが省略されていると
考えます。

いろいろな意見がでてきて面白いですね。
これからもよろしくお願いします。

Posted by Tamashiro-OB at 2020年11月04日 13:20
Tamashiro-OBさんへ
管理人として自分なりの結論を書かせていただきましたが、読者の方には、いろいろな意見を読んでいただいた上で、どの解釈が一番もっともだと思われるかを判断していただけたらいいな、と思っています。
Posted by Rach at 2020年11月04日 14:02
横からすみません…。

together togetherの件、私も最初は文法的に、Tamashiro-OBさんのおっしゃることが腑に落ちたというか「あっ、なるほど!!」と思ったんですけれど、面白い話題なので調べましたら、感謝祭エピソードのランク付けをしているらしき海外のサイトでその文章を見つけました。

「Every "Friends" Thanksgiving Episode, Ranked From Worst To Best」というファンサイトみたいな所で、このtogether togetherの文がBest quoteとして載っています。

シーズン10は4位で、
Best quote: "It's Thanksgiving and we should not want to be together, together!" --Rachel
とあります。

この一文が、わざわざBest quoteとしてエピランク付けのサイトで取り上げられているのを見て、そして、レイチさんの詳しい解説を読んで、やはりこれはアメリカらしい高度なジョークのような気がしました。

「何でも一緒にやるのが感謝祭なんだから、
 一緒にいたいと思うべきじゃなくて、一緒にいるべきなのよ」
   だと面白味はないですが、

「何でも一緒にやるのが感謝祭なんだから、
 一緒に嫌がりあおうよ(一緒に「一緒嫌だ」って思いあおうよ)」
   だとかなり面白い。しゃれが聞いていて笑えます。

このシーンは見ていないのですが、お客さんはそのセリフの所で笑っているのでしょうか。
笑っているなら面白い文であるはず。(笑ってなかったらうーん、、、ちょっと悩みます)

日本語字幕も「仲良くののしりあおうよ。感謝祭なんだから」とかにすれば本来の意味に近いと思うんですけど、翻訳の方も違う意味にとらえていたのかも知れませんね。

mqさんの発想とレイチさんの解説と、最初にこの話題をふって下さって興味深い文法の説明をして下さったTamashiro-OBさんのお陰で大変勉強になりました。

それにしてもmqさん、スゴイですね。ネイティブの方のような感覚をお持ちなんですね。
(かなり昔、レイチェルのshoeの話題でもすごく勉強になった記憶があります)

日本国内のサイトでmqさんの言われているような訳し方や解説をしているところは見つけられませんでした。
Posted by keiko at 2020年11月10日 20:28
keikoさんへ
コメントありがとうございます。
このセリフの時に笑い声(ラフトラック)も入っていますし、このセリフが海外サイトで面白いセリフとして認識されているということだと、やはり高度なジョークだと考えられる気がしますよね。

should not want の部分の説明が難しいのですが、
We should do not-wanting to be together, together.
のように「否定の動名詞(という行為)を一緒にする」と言い換えればもう少しわかりやすいのかなという気もします。でもそのように動名詞などで表現するのではなく、should not-want to ... together のように「一緒に not want to すべき」と言っているのが、ネイティブっぽい造語チックな面白い言い回しになっているんだろうと思うのですね。

解説で飛ばしていた部分だったので、Tamashiro-OBさんからご質問をいただけたおかげで、このセリフを改めて考える良い機会を得ることができました。
mqさんはネイティブの方のような感覚のご意見を下さるので、貴重な気づきをいただけていることにいつも感謝しています。今回の解釈も、そういう意味だと考えると、文章の構造も、話の流れとしても、フレンズっぽいジョークという意味でもすべてにおいて納得できるものだったので、その解釈を私の結論とさせていただきました。

コメントのやりとりをまた別の方に読んでいただけることも、ブログの利点だと思っていますので、keikoさんからそのようなコメントをいただけたこともありがたかったです。
Posted by Rach at 2020年11月11日 23:19
> should not want の部分の説明が難しいのですが、
> We should do not-wanting to be together, together.
> のように「否定の動名詞(という行為)を一緒にする」と
> 言い換えればもう少しわかりやすいのかなという気もします。

おー、なるほど!!
確かにすごくよくわかります。

そう言えば、英語って、
I ate nothing. のように「何もないものを食べた」のような言い方しますよね。
I did not-wanting もそのノリですよね!
ホント、うまいことおっしゃるな〜。

> not が否定しているのは should ではなく want です。
> 文末の together は not want にかかっています」
↑最初 mqさんのこのシンプルな説明がレベル高過ぎて{??」となっていました。

mqさんの、賢い人向けの文章(笑)を私程度にもわかるように噛み砕いて解説して下さって
ありがとうございます。すぐに理解できるレイチさんもレベル高過ぎですわ。

今回もまた一つ賢くなったような気がして気分が良いです(^o^)
Posted by keiko at 2020年11月12日 14:48
こんにちは。
これはレイチェルの心境ではないのですが、友人がネイティブに
問い合わせて、例題として合格を頂いたものです。
We should not want to be together (under this Corona virus situation),
but (our hearts or feelings are) together.
ネイティブには最後のtogetherで肯定文を引き出しているようです。

Friendsでは
流れからいくと、「一緒に居るべきではない」が主流で、andで
つないでいます。「一緒に居るべきだ」は逆説のbutになっています。
togetherが否定と肯定で使用されているところが、面白さのポイント
と感じています。「but it's Thanksgiving」と「together」をつなぎ、
「but it's Thanksgiving together.」を本文にし、(and we should not
want to be together,)を挿入文と考えると、「but it's Thanksgiving」
の宙ぶらりんがなくなる為、違和感がなくなります。
but it's Thanksgiving
(and we should not want to be together,)
together.

Keikoさんが名文としてみつけてくれたので、文法的に
完全体で、区切りの問題だと考え、挿入文と判断しています。
and we should not want to be together,
but it's Thanksgiving together.
では名文にならなかたでしょう。

Posted by Tamashiro-OB at 2020年11月13日 17:29
横でスミマセン(>_<)
Tamashiro-OBさん、こんにちは。

Tamashiro-OBさんがおっしゃっている
本文:but it's Thanksgiving together.
なんですけれど、

togetherは副詞なので、この文章はちょっとおかしいような気がするんですけど…

It's 名詞 together という文はあり得るのでしょうか。
(思いっきり勘違いしていたらすみません!)
Posted by keiko at 2020年11月13日 19:17
keikoさんへ
コメントありがとうございます。
「すごくよくわかる」と言っていただき大変光栄です。

mqさんが下さるコメントはいつもポイントだけを押さえたものになっているのですが、多分、管理人の私に気を使って、一から十までご自分で説明することを遠慮しておられるのかなぁ、と思っています。
私もその的確なポイントを「ああ、そういうことか!」と読み解くのが楽しいんですよね。
もったいないお褒めのお言葉の数々、ありがとうございました。


Tamashiro-OBさんへ
お返事ありがとうございます。
フレンズのようなコメディのジョークのセリフの意味・意図については、脚本家に聞いてみないことには本当のところはわからないので、以前書かせていただいたこともあくまで私がこうだと思う、というものにすぎません。
今回いただいたご意見に対しては管理人としての見解を述べるべきだと思いますので、以下にそれを書かせていただきますが、あくまで私はこう思うという意見に過ぎないとご理解いただければ幸いです。

ネイティブから合格を頂いた例題についてですが、仮に We should not want to be together, but together. のように but が入っていれば、not but の原理で、そのような肯定な意味に捉えることも可能だろうとは思います。
今回のセリフの together together は、ネットスクリプトでは together, together のようにカンマが入っていましたが、オフィシャルな字幕であるDVDやNetflix では together together とカンマなしの表記で、実際の発音も2つの together の間に、「文として区切られる」ほどの間(ま)が空いているようには感じません。
否定文の後にカンマをつけても肯定文にはならないと思うのは、例えば
We shouldn't be noisy, noisy.
という文章があった場合に、
We shouldn't be noisy, but we should be noisy.
のような意味に解釈することは不可能だろうと思うからです。

レイチェルのセリフを語順通りに解釈すると、「私だって一緒にいたくないわ、でも感謝祭よ、だから…」となるので、途中を挿入文と考えて、「but が最後の together だけにかかっている」と考えるのは私は無理があると思います。

少し前に私が書いたように We should do not-wanting to be together, together. という意味で We should NOT want to be together, together. と表現しているのだと私は考えています。
shouldn't ならば間違いなく should と結びついていますが、今回は should not となっています。もちろん should not の場合でも通常は「すべきではない」と考えるべきで、「一緒にいたいと思う”べきではない”」となるところですが、それを「”一緒にいたくないと思う”べき」という意味で表現したところにフレンズっぽい面白さがあると思うのです。

not を should ではなく want と結びつけることについては、私は「文法的に間違い」だとは思っておらず、「ネイティブっぽいひねった言い回しで、言葉遊びのようなもの」だと感じます。
should not の not は文法的に should につくはず、と考えておられる以上、私の解釈が受け入れがたいことはよくわかりますので、そこを無理にご理解下さいとは申しません。そこが変わらない以上、この意見の交換はいつまで経っても平行線だろうと思います。

このようなセリフは、仮にこの1文だけを取り出して、文字だけを見せてネイティブにどういう意味かを尋ねても確かな答えが返ってくるものではないという気がします。時々英語のフォーラムで出典を示さずにセリフ一文の意味だけを問うているのを見かけますが、その作品やシーンの状況・背景を知らない人だとやはりネイティブでも意味がわからないとおっしゃっているのもよく見かけます。セリフの意味は前後の流れと文脈と背景で決まるもので、それは日本語の「名セリフ」と言われるものでも同じことだろうと思います。

We should do not-wanting to be together, together. という意味で言っていると考えるとセリフとして実に面白く、私には全て納得がいくので、やはり今のところの私の結論はこの解釈となります。
また何か新しいことに気づいた場合には、こちらに書かせていただきます。
Posted by Rach at 2020年11月13日 19:47
こんにちは。

しつこくてすみません。
気づいた事を書きます。
Rachさんは英語の達人と尊敬しています。
でも原文をいじるのは反対です。
外だしの説明はいくらでも受け入れます。

Rachさんの修正文は説明のためですよね?
原文の方が面白いですよね?

shouldの意味を広げて説明することはでき
ませんか?

Posted by Tamashiro-OB at 2020年11月16日 18:25
こんにちは

keiko さん お久しぶりです。過分な高評価を頂き恐縮です。少し文法から離れていくつか補足したいと思います。

1) 台詞の観点から

ここは、感謝祭の約束の時間に遅刻したレイチェルたち四人が、廊下に締め出されてしまった場面です。レイチェルは、怒っているモニカとチャンドラーの顔を見たくないけれども、部屋に入ってごちそうは食べたいのですね。

レイチェルの台詞は、「いま私達は部屋の中と廊下で別々に『一緒にいたくない』と思っているけれども、感謝祭の日にそれはまずいんじゃないの?」というような、感謝祭を理由として部屋に入ることを正当化する、機転のきいたものである必要があります。not が should を否定しているとすると、「でも、きょうは感謝祭よ」と言いながら感謝祭と関係のない文句が続く、論理性に欠けた台詞になります。

2) 音声の観点から

レイチェルは自然な速度で話しています。口語では、not が should を否定しているとすると、ほぼ確実に shouldn't と発音されるはずです。実際の音声は should NOT wanna be together TOGETHER のようになっています。これも、not が should を否定していないことの表れと考えられます。
Posted by mq at 2020年11月16日 18:37
Tamashiro-OBさん、mqさんへ
こんにちは。コメントありがとうございます。まとめレスになりますことをお許し下さい。

まず「原文をいじる」という件についてですが、私は原文をいじっているのではありません。修正文でもありません。
このレイチェルのセリフ(原文)の意味を別の表現で言い換えるとこうなる、という例の一つとして挙げたまでです。ネイティブに英文の意味を尋ねる場合でも、別の表現に言い換えて尋ねるのが一番確実ですし、私が解釈を説明する場合によく行う方法です。

but it's Thanksgiving, and we should (do something) together.
「(私だって一緒にいたくないわ)でも、感謝祭よ、だから私たちは一緒に(〜す)べきなのよ」
の do something の部分が not want to be together 「一緒にいたいと思わない、一緒にいることを望まない」になっているのがこのセリフの面白さで、そのように説明したところ、should not want を should / not want と区切ることは受け入れられないとおっしゃったので、shouldn't ではないことを明確にするために、should do not-wanting 「〜したいと思わない、ということをする」と表現を言い換えたということです。

前回の Tamashiro-OBさんが示された、挿入文だと考えるという解釈だと、
I don't wanna be with them either, but it's Thanksgiving, / and we should not want to be together / together.
のような切れ目が入るということですよね?
ですが、ネットスクリプトでは together, together のようにカンマが入っていましたが、DVD字幕や Netflix ではカンマが入っていないので、文法的観点で考えるとオフィシャルなもの(DVDなど)の「カンマが入っていない形」を正しいものとして使うべきだと考えます。
この文章を主語をS、動詞をVで表現して構造をシンプルにすると、
SV, but SV, and SV.
となるはずです。
仮に最後の文章を SV, together. のようにカンマがあるとして考えたとしても、
SV, but SV, and SV, together.
という文章を
SV, but SV, (and SV), together. という構造だと考える、つまり、but SV together という文章の中に and SV という文章が挿入されると考えるのは文法的に無理があると私は思います。
and や but は等位接続詞で、but SV, and SV. という形であれば、「しかしSVで(といったん文が切れて)、そしてSV」と考えるのが自然です。
Tamashiro-OBさんが「挿入文と考えるのが可能である」と思われるのであれば、私は「挿入文と考えるのは文法的に不可能である」と思っているので、この点に関して、私からはこれ以上何も言えることはありません。

それから以前申し上げた「否定の原形不定詞(not do)」という説明ですが、これは文法的にも説明可能な話です。

数研出版「基礎と完成 新英文法」(安藤貞雄 著)の p.364 の原形不定詞の項目で、原形不定詞のトップに出てくるのが以下のものです。

<助動詞+原形不定詞>
Do you speak English? 「英語を話しますか?」

つまり、<助動詞+動詞>の動詞は、文法的に考えると「原形不定詞」であるということで、原形不定詞であるならば、not do という形にすることも可能なはずです。

例えば、過去記事の、
殺されて死ぬ フレンズ3-11その24
https://sitcom-friends-eng.seesaa.net/article/388471131.html
で、
フィービー: How can you not know which one? (どうしてどの妹かわからない、なんてことがあるの?)
というセリフがあります。
これは疑問文の形になっていますが、
not know which one 「どの妹かわからない、知らない」ということがどのようにして可能か?
ということで、平叙文にすると、
You can not know which one. 「どの妹かわからない・知らない、ということがあなたには可能である(can)」となります。

You can not know which one. という文だけを見ると、You can't know which one. 「どちらの妹かをわかることができない」と訳せそうですが、これについては「できない」のように can の方に否定語 not がついているのではなくて、not know 「わからない」ことが「可能(できる)」ということであり、cannot ではないということです。
この How can you not know which one? は、How can't you know which one? 「どうしてどの妹かわかることができないの?」とは意味が異なるということです。

疑問文だと語順が<助動詞+主語+否定の原形不定詞>となり、助動詞と離れているためわかりやすいですが、それを平叙文にすると<主語+助動詞+否定の原形不定詞>となり、否定語 not が助動詞につくのか原形不定詞につくのかの区別がつきにくくなります。
これと同じことが今回のレイチェルのセリフにも言うことができると私は思っています。
レイチェルのセリフを疑問文にすると、Should we not want to be together together? 「一緒に、”一緒にいたくないと思う”べき?」となり、not want が繋がっていると考えることは文法的に可能ですし、よりわかりやすいと思います。

以上のような理由から should not want を should / not want という<助動詞+否定の原形不定詞>だと解釈することは文法的に十分可能だと私は思っています。
その件について、Tamashiro-OBさんが不可能だと思われるのであれば、以前申し上げたように、この議論は平行線だと思います。

mqさんの 1) の「感謝祭を理由として部屋に入ることを正当化する」台詞であるというご意見には納得です。以前にもおっしゃっていたように「感謝祭だからみんなで一緒に〜すべきである」という一般論があるからこそ、この機転のきいた台詞が面白く感じられるということですよね。
2) の音声の点についてもおっしゃる通りだと思います。
we should / not want to be together / together のようなかたまりに聞こえますし、not want to be together を、should ... together 「一緒にすべき」と言っているように聞こえる音声になっていると思います。

貴重なご意見ありがとうございました。
Posted by Rach at 2020年11月16日 21:45
またまた横ですみません。
mqさん
mqさんから私に解説を頂けるなんて嬉し過ぎます!(^^)!
私にも理解できるようにと詳しい解説をありがとうございました。

「感謝祭を理由として部屋に入ることを正当化する」というお言葉でさらにこのシーンの背景がよくわかりました。子どもみたいな発想でレイチェルらしいね。

別々に『一緒にいたくない』と思っている

別々はまずい。
一緒に『一緒にいたくない』と思うべき、ということなんですね。

mqさんの状況説明のお陰で、ドラマを観ていないのに彼らの様子が手に取るようにわかった!多分こんな感じですよね。

−−−−部屋の中−−−− =====廊下=====
 モニカ&チャンドラー   レイチェルたち4名
『一緒にいたくない(>_<)』 『一緒にいたくない(>_<)』

↓レイチェルの提案
−−−−−−−−−部屋の中−−−−−−−−−
感謝祭なのだから、みんなで一緒の部屋の中で思うべきよ、
『一緒にいたくない(>_<)』と。
should 『not want to be together』together
最期のtogetherは一緒の部屋の中でという感じですね、きっと。

レイチェルが無理やり感謝祭をこじつけている感じが伝わってきます。
この無理やり感が子供じみていて面白いのですよね。
さらに、音声の観点からのご説明も大変参考になりました。今後、'nt と not で主張が変わるかも知れないと思いながら英文を見るのが楽しみになりそうです。

私も理屈で入るタイプなので、Tamashiro-OBさんのお気持ちがすごく良く分かるんですけど、今回のレイチェルのセリフはmqさんの「文法を離れた説明」と「音声の観点からの説明」が新鮮でした。噛み砕いてご説明下さりありがとうございました。

そしてレイチさんの解説もさすが本を何冊も出版されているだけあって理路整然としてわかりやすいです。(長いので読むのがしんどいですが^^;)
フィービーの「How can you not know which one?」の例には「なるほどっ!!」と思わず膝を打ちました。

そうそう。レイチさんのおっしゃる通り、mqさんはレイチさんをリスペクトしているからこそコメントをシンプルにされているということにもうなずけました。この回は本当に得るものが多かったなぁ。

いつもコメント欄で横コメント(それも長々と)してすみません。
コメントが増えすぎましたね。
でも、今回の話題は多くの方にとっても、大変参考になることと思いますよ。1冊の本になるぐらい価値のあるものだと思います。
Posted by keiko at 2020年11月17日 18:38
こんにちは。

質問があります。
議論している原文は文法的に完全だと
思っています。

Rachさんはどう思ってますか?
Posted by Tamashiro-OB at 2020年11月18日 15:29
keikoさんへ
(mqさんに対するお返事であることは承知していますが)私からも一言お礼を申し上げます。
私の解説を理路整然としているとお褒めいただけたこと、とても光栄でした。ありがとうございました。


Tamashiro-OBさんへ
原文は文法的に完全だと私も思っています。以前にご説明した通りで、
We should do something together. の do something が not want to be together という「否定の原形不定詞」になっている
と、文法的に完全に説明できると思っています。
助動詞の後の動詞の原形が「原形不定詞」であるということは、安藤先生の文法書に記載されていますので、文法的にも正しい解釈だと思います。

議論が噛み合わないのは、それぞれが「文法的に正しいと思う」ことが異なっているためです。自分の解釈の方が文法的に正しく、相手の解釈が文法的に不可能だとお互いが思っている以上、これ以上続けても議論は平行線である、これ以上の歩み寄りはないと申し上げました。

脚本家にセリフの意図を尋ねることができない以上、それぞれが自分がそうだと思う解釈で受け止めればよいし、読者の方にももっともだと思える解釈を選んでいただければ、それでよいと思っています。
Posted by Rach at 2020年11月18日 16:15
Friendsは作品として、脚本家の意図は
関係なくなっていると思います。
ネイティブに聞くようなものです。
"「文法的に正しいと思う」ことが異な
っている”とは思いません。
Rachさん的な説明はそんなに単純では
ないと思います。
文法は先ではなく、作品の次に来るべき
だと言っているのです。作品を味わった
後で、時が経てばハートフルな説明がで
るでしょう。今、Rachさんの説明を受け
入れると、積み上げてきたものがくずれ
そうで、また挫折さえしそうです。
今は、DVDのように感性で受け入れたいです。

Rachel: You know what?
I don't want to be with them either,
私だって嫌だけど、
but it's Thanksgiving
感謝祭だもの、
and we should not want to be together,
嫌がるもヘチマもない、
together.
一緒に過ごさなきゃだめなのよ。

Posted by Tamashiro-OB at 2020年11月18日 23:39
Tamashiro-OBさんへ
時が経てばまた新たな気づきもあるでしょうし、今はそれぞれが自分がそうだと思う解釈で受け止めればいいと私も思っています。
Posted by Rach at 2020年11月27日 19:50
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