2016年10月17日

かえって良い結果になる フレンズ1-1改その12

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6:50
(CUT TO SAME SET. RACHEL IS BREATHING INTO A PAPER BAG)
同じセットにカットが移る。レイチェルは紙袋の中に[紙袋を使って]呼吸している。
モニカ: Okay. Just breathe. That's it. Just try to think of nice calm things. (いいわ、ただ息をして。そうよ。ただ、素敵で穏やかなことを考えるようにしてみて。)
フィービー: (SINGS) Raindrops on roses ([歌う] 薔薇の上の雨粒)
And whiskers on kittens (そして子猫のひげ)
(RACHEL AND MONICA TURN TO LOOK AT HER)
レイチェルとモニカは振り返ってフィービーを見る。
Doorbells and sleigh bells (ドアベルにそりのベル)
And something with mittens (そして、ミトンのついた…何か)
La la la something (ラララ、なんとか)
With string (紐のついた)
レイチェル: I'm all better now. (私はもう、すっかり気分がいいわ[良くなったわ]。)
フィービー: (GRINS AND WALKS TO KITCHEN. TO CHANDLER AND JOEY) I helped. ([歯を見せて笑い、キッチンに歩いて行く。チャンドラーとジョーイに向かって] 私、役に立ったわ。)
モニカ: Okay, look, this is probably for the best, y'know? Independence. Taking control of your life. (よし、ねぇ、これは多分、結局一番いいことになるわ、でしょ? 自立。自分の人生をコントロールすることよ。)

レイチェルは紙袋に口を当てて、呼吸をしています。
興奮して過呼吸になった場合、このように紙袋に口を当てて呼吸する方法を「ペーパーバッグ法」と言うそうです。
フレンズ3-8 でも、あるキャラクターがこのペーパーバッグ法を使って呼吸するシーンが出てきます。
ト書きに Rachel is breathing into a paper bag と書いてありますが、英辞郎にも、
breathe into a paper bag=紙袋の中で呼吸する
と出ていました。
「中へ、中に向かって」という感覚の into が、「紙袋の中に向かって息をする、呼吸する」という行為を的確に表していると感じます。

モニカは、Just breathe. Just try to think... のように、Just+動詞の原形、つまり命令形を使っていますね。
このように命令形につく Just は「ただ〜して」「(つべこべ言わず、何も考えず)とにかく〜して」というニュアンスが出ます。
That's it. にはいろんな意味がありますが、この場合は「そうそう、それよ」「それでいいわ」という意味。
今、レイチェルが行っている行為が that で、それが it 「話者が頭の中にイメージしていること、こうすべきだとイメージされていること」であると言っている感覚になります(なるほど英文法 p.71)
calm は「穏やかな」なので、パニクっている今、さらに心を動揺させるようなことは考えずに、素敵な心休まるようなことを考えるようにして、とアドバイスしていることになります。

そのモニカの言葉を聞いていたフィービーは、ある歌を歌い始めます。
フィービーが歌っているのは、映画「サウンド・オブ・ミュージック(The Sound of Music)」の挿入歌、My Favorite Things (邦題:私のお気に入り)という曲。
「素敵で穏やかなこと」と聞いて、「私の好きなもの」を挙げるこの歌を思い出して歌ったことになるでしょう。
唐突に歌い出すフィービーに、レイチェルとモニカは驚きの表情を向けていますが、いきなり歌い出した、ということ以外に、このフィービーが歌う歌詞が、ところどころ本当の歌詞と違っていて、それも笑いのポイントになっているようです。
本当の歌詞は以下のようになっています。

Raindrops on roses and whiskers on kittens
Bright copper kettles and warm woolen mittens
Brown paper packages tied up with strings
These are a few of my favorite things

Cream-colored ponies and crisp apple strudels
Doorbells and sleigh bells and schnitzel with noodles
Wild geese that fly with the moon on their wings
These are a few of my favorite things

フィービーのは、1番と2番の歌詞が混ざってしまっている上に、わからない部分は something 「なんちゃら」とごまかしていて、いかにも歌詞を忘れている感じが出ています。
それでモニカとレイチェルはあきれているのですね。

レイチェルが「私はもう、すっかり気分がいいわ」と言ったので、フィービーは歌うのをやめます。
歌うのをやめて欲しくてレイチェルがそう言ったのはミエミエですが、それを聞いたフィービーは満足げに笑い、チャンドラーとジョーイに向かって、I helped. と言っています。
help は「(人)を助ける」という他動詞でよく使われますが、ここでは、人に当たる目的語がないので、自動詞として使われていることになります。
自動詞にも「助ける、手伝う」という意味がありますが、ここでは「役に立つ」というニュアンスが近いかなと思います。
I helped her. 「私は彼女(レイチェル)を助けたわ」というよりも、I helped. 「私は役に立ったわ」という感じでしょう。

モニカはレイチェルに、this is probably for the best 以下のセリフを言っています。
for the best は、研究社 新英和中辞典では、以下のように出ています。
(all) for the best
(2) 結局いちばんよいことになって
It will be all for the best. 「それがかえってよい結果になるだろう」


Macmillan Dictionary では、
be (all) for the best : used for saying that something bad that has happened is not really as bad as it seems because it will make the situation better in the end
例) He's failed all his exams, but perhaps it's for the best because he's not really the academic type.

つまり、「起こったばかりの何か悪いことが見た目ほどそんなに悪くないということを言うために使われる、結局、それが状況をより良くするだろうという理由で」。
例文は、「彼は試験全部に落ちてしまったが、多分、それがかえって良い結果になるだろう、なぜなら彼はそんなにアカデミックなタイプではないからだ」。

「結局、状況をより良くする」わけですが、それが「見た目には悪いことが起こった場合でも」というところにポイントがあるようですね。
It's the best なら「それが最高」なのでしょうが、「〜へ向かって」という方向、行き先を表す for が使われることで、「最高に向かっている」→「結局、最終的にはベストな結果になる」というニュアンスになるのだろうと思います。

Independence は「独立」。Independence Day なら、「インデペンデンス・デイ」というタイトルの映画もある通り、アメリカの独立記念日ですね。
take control of は「〜を制御・管理する」。
結婚式から逃げてきて、パパからの援助も受けられなくなりそうなこんな状態だけど、実は悪いことじゃないのかもよ、と言った後、それってつまりはこういうことでしょ、のように、「独立」と「自分の人生をコントロールすること」という名詞(taking の方は動名詞)を挙げている感覚になります。

ちなみに、このモニカのセリフ、日本版DVD では記事の最初に示した形になっていますが、北米版DVD では、以下のようになっているそうです。
モニカ: Independence. Taking control of your life. The whole, 'hat' thing.

この The whole, 'hat' thing という表現について、過去記事でご質問をいただいたことがあるので、日本版ではカットされたセリフではありますが、以下に語ってみたいと思います。

the whole... thing は「…のこと全体、全部」という感じなので、「あの一連の hat 関係の件、話、やつよ」みたいな感覚になると思います。
つまり、モニカのセリフは、「独立。自分の人生をコントロールすること。ほら、さっきの「帽子」ってやつよ」のような意味になり、レイチェルがパパとの電話で話していた、「靴じゃなくて、帽子になりたかったとしたら?」という「靴と帽子のメタファー」を踏まえて、「ほら、あなたがさっき言っていた、帽子ってやつよ」みたいに言っていることになるでしょう。

となると、The whole, 'hat' thing. という言葉が、Independence. Taking control of your life. と同義であると考えるのが自然ですが、では、この the whole, 'hat' thing が具体的に指しているものが何か考えてみました。

1. I wanna be a hat. 「帽子になりたい」のように「自分がなりたいものになる」という意味での「独立、自立」。
2. a shoe (単独では機能しないもの)に対しての、a hat (単独で機能するもの)という「自立」の隠喩。

1. について。
What if I wanna be a- a purse, y'know? Or a- or a hat? とセリフで言っていたことから、I wanna be a hat. 「帽子になりたい」のように「自分がなりたいものになる」という意味で、hat のこと=自立したいという話に繋がる。
この場合は、a hat という単語に「独立、自立」の意味を持たせているわけではなくて、レイチェルが「自分がなりたいもの」の例として使ったことから、モニカも同じように使っただけ。

2. について。
You're a shoe. についての記事で考察してみた、「1個の靴」と「1つの帽子」という対比関係、「1つだけで機能するかしないか」=「自立できるかできないか」の隠喩の延長線上にあるもので、モニカもその隠喩を汲んで、「独立・自立できるもの」として hat という言葉を選んだ。

私は a shoe, a purse & a hat についての記事で、「ペアで機能するものか、単独でも機能するものか」という隠喩が脚本にこっそり込められていたのではないか、ということを、「もしかしたらそうかも」レベルの見解として述べました。
ですが、a shoe, a purse & a hat についてネイティブに尋ねると、「特に意味はない。ただ比喩として挙げただけ」という答えが返ってくることが多いことを考えると、このセリフを聞いて「ペアか単独か」ということを意識するネイティブはあまりいないのかなぁ、という気はします。

最初に放映された部分からセリフがカットされる、というのは尺の問題だと思うのですが、カットする場合はやはり「そこが抜けても問題なさそうなところ」を選ぶことになりそうですよね。
これは深読みのし過ぎだと我ながら思うのですが(笑)、もしも脚本家が、「一人でも生きていける人」の隠喩として「あからさまにではなく、さりげなく」 a hat という単語を使った場合、このモニカのセリフで、「独立」の言い換えとして hat という単語を出したら、そのこっそり込めた隠喩があからさまになってしまう、みんなが「???」となっていたレイチェルの「靴、バッグ、帽子」の例えが、何だか意味深いものに聞こえてしまう恐れがあるので、「あくまでレイチェルはファッションアイテムを挙げただけでそれ以上の意味はない」という風に見せるために、The whole, 'hat' thing. をカットした、という可能性もあるかもしれないなぁ、と。

ドラマの流れを見ると、レイチェルが言った靴と帽子の比喩について、みんなの反応は明らかに「レイチェルの比喩、わけわかんない」という雰囲気でした。
ですから、ドラマの流れは、「靴、帽子には何の意味もない。比喩としてただファッションアイテムを挙げただけ」という理解でいいと思うのですね。
上の考察 2. のように、The whole, 'hat' thing. という言葉が存在していたことで、帽子に「一人でも生きていける人、独立できる人」の意味が込められていると判断できる、と解釈してしまうと、その前のレイチェルの靴と帽子の例えが、人生を語る意味ある言葉になってしまう、「みんなが、何それ? という顔であきれていた」という流れがおかしくなってしまうと思うわけです。
それを考えても、a hat という「単語そのものの意味」ではなく、あくまで「レイチェルは、私が本当になりたいものの比喩として a hat を挙げた」というレイチェルの使用例に倣って、モニカが「あなたが言っていた、”私は a hat になりたい”っていう話よ」と言っただけという可能性の方が高い、上の見解では、2. ではなくて、1. が正しいように私には感じられました。


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posted by Rach at 16:17| Comment(6) | フレンズ シーズン1改 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
Rachさんがシーズン3、4を解説している時によく本ブログで勉強していた者です(相変わらず英語は全然出来ません)。Rachさんが改めてシーズン1から解説されるようになり、最近また拝見させてもらっています。

大変失礼な言い方で申し訳ありませんが、改シーズン1の記事を読ませてもらってのRachさんの英語の解説の印象について、言葉が話者の気持ちから離れて、言葉を客観的な物として捉えすぎているなと感じました(もちろん、解説を客観的に分かりやすくしたり、様々な解釈の余地を残そうとする意図があるのだろうと思います、高学歴の理系の方ですし)。

You're a shoe!の一連のセリフのRachさんの見解(shoeやhatは字義通りで、あくまでレイチェルはファッションアイテムを挙げただけでそれ以上の意味はない、the whole hat thing に人生を語る意味はない)も正直ピンときませんでした。(私がRachさんの分析を誤解している所もあるかもしれません。)

人の発言を、文や単語に細かく分かて分析し、それを組み立てて全体の意味を考えようとするのは無益になることもあると思います(言葉はそこまで客観的な物ではないと思うので)。部分だけ見ても全体像が見えないことはあると思います。

このYou're a shoe!のシーンも部分だけ分析しても無益だと思います。確かにYou're a shoe!等の個々のセリフだけ見ると意味不明です(レイチェルも興奮して考えも混乱しているし、表現力も乏しいですし)が、だからと言って、レイチェルがthe whole hat thingの一連のセリフで全体として、人生(Independence やTaking control of your life等の)について語る意図が全く無いというのは、ドラマの設定や文脈を考えると、難しいと私は思います。世間知らずのお嬢様が、結婚式で突然相手に愛が無いことに気づき、式場から逃げてきて、頑固な父に結婚しないと伝えている重大な場面ですから。この場面を全くのお笑いのボケのワンシーンだけと捉えると、あまりにナンセンスコメディ過ぎて、私はレイチェルというキャラやフレンズというドラマに共感できませんし、あのような大人気ドラマにならなかったと思います。もちろんフレンズはコメディがメインのシットコムだとは理解しています。

上手く説明するのは難しいですが、You're a shoe!の場面の個人的な見解を言わせていただければ、レイチェルは大まかに「私は世間知らずなお嬢ちゃんじゃない。親の言いなりにはならない。自立した人生送る!」のようなことを言いたかった(表現力が乏しくみんなには上手く伝わらなかったが)けど、どうやって自立して生きいくのかとういう具体的な考えは持ってなかったことを表してるシーンだと思います。というのは、頭に浮かんだ単語が、お嬢ちゃん・お嬢さんを連想させる服飾品:(高級品のイメージで)shoe, hat, purseだけだったからです。それが、世間知らずのお嬢様の殻を破り、親や夫に依存して生きていくだけ人生から抜け出したいと思い立ったけど、自立して生きていくビジョンが無いことを物語っているように思いました。

私は英語や言語の素人ですし、Rachさんとまともに議論できるほどの頭も良くありませんので、軽々にすべきではないと思っていたのですが、フレンズ1-1改その20のMr Spockさんのコメント「これは時制に限らず、すべての言語事象についていえることで、私たちが発言から読み取るべきは、発話者の意図が何かということだけだと思います。」に勝手ながらとても共感したので、どうしてもコメントしたくなりました。大変申し訳ありません。
Posted by LFI at 2016年12月18日 14:54
LFIさんへ
コメントありがとうございます。以前、シーズン3, 4の頃読んで下さっていたこと、そしてまたシーズン1改を読んで下さっていること、とてもありがたく思います。また私の解説についての貴重なご意見もありがとうございます。

You're a shoe. については、2005年当時からずっと議論になっているセリフで、私もとても思い入れがあります。私自身は「shoe, hat という言葉に人生の比喩としての意味を持たせた」と考えたい気持ちが今でもあるのですが、「ファッションアイテムを挙げただけでそれ以上の意味はない」という見解に至ったのは、この記事内でも書いたように、
a shoe, a purse & a hat についてネイティブに尋ねると、「特に意味はない。ただ比喩として挙げただけ」という答えが返ってくることが多い。
ということによるものです。言葉を杓子定規に分析するとそうなる、ということではなく、「ネイティブがそう受け止めた」という理由の方が大きいということですね。

「発話者の意図」というのは、ドラマの場合は、「脚本家の意図」、つまり「脚本家がこのキャラに何を言わせたかったか、観客や視聴者にどう受け止めて欲しかったか」ということになると思います。それぞれのキャラクターが自分の思うところを勝手に述べているわけではなくて、また俳優が独自の判断で反応しているのでもなくて、脚本家が、A, B, C にそれぞれのセリフを言わせている、脚本家の意図に沿って、監督や演出家の指示のもと、俳優が演技して話が進んで行っている、ということですね。

You're a shoe. の一連の流れを見てみると、最初に大きな声で You're a shoe! の話を電話で言い始めた時、フレンズたちは「なにごと?」という顔で一斉にレイチェルの方を見ていました。
その後、レイチェルが「もし私がバッグになりたかったら? 私が帽子になりたかったら?」と言ったところで、ロスが「は?」という顔をしています。
レイチェル自身のセリフからではなく、「レイチェルのセリフを聞いているフレンズたちの反応」から、
「a shoe に何か意味があるのかと思って聞いていたら、結局ファッションアイテムを3つ挙げただけだった、というオチ」
だとわかる仕組みになっていると私は感じたわけです。

レイチェルが、a purse, a hat という言葉を出す前には、その言葉を思いつくまでの間(ま)が存在しますし、その響きにはどこかコミカルな印象も感じます。それには「うーんと、ほら、あれよ」と考えて出た「思いつき」の感じが出ているように思うのですね。a shoe / a purse, a hat を「人生を例える対比」として自ら挙げたのなら、躊躇なくその言葉が出てくるはずですし、それが意味のある言葉だと脚本家が思わせたかったのなら、「フレンズにはうまく伝わらなかった」という演出にはしないはずです。ロスを始めとするフレンズたちが「は?」という顔をしたという演出が、観客や視聴者にとっては「レイチェルの言っていることはナンセンス」であることを示すサインになっているのだろうと私は思ったわけです。そのサインがあるために、ネイティブも「アイテムを挙げただけでそれ以上の意味はない」とあっさり一蹴するのだろうと思うのですね。

前後の流れの説明なしに、または「フレンズ」からの出典であることは言わずに、You're a shoe. や、What if I wanna be a- a purse, y'know? Or a- or a hat? という個々のセリフだけの解釈をネイティブに求めれば、その意味を深読みする人も出てくるだろうと思います。
今回の場合はむしろ「シーン全体の流れとして見て、そういう解釈に至った」ということになります。

私は基本的に「ネイティブがそう言ったから」というのをただ鵜呑みにすることはしません。ですがこのセリフの解釈については「ただアイテムを挙げただけ」というネイティブの意見に非常に納得するものを感じ、その根拠が「ドラマの中でのフレンズたちの対応」にあるという結論に至りました。

部分と全体、発話者の意図についての私の考えを述べさせていただきたく、追加説明のような形で長々と書かせていただいたのですが、このセリフの本当の意図は、この脚本を書いた脚本家に聞いてみないとわからないことだと思いますので、あくまでこれは私の解釈ということで、参考程度にお聞きいただければ幸いです。

貴重なご意見ありがとうございました。
Posted by Rach at 2016年12月19日 14:03
RachさんはYou are a shoeの一連のセリフの解釈を絶対に譲らないのは分かってるのですが、最後にもう一度だけ勝手な持論を言わせて下さい。

私は理系の端くれですが、言葉(人の心)を理解しようとする時、一つの絶対的視点に立ち、何でも物事に白黒をつけて、論理的に細部を積み上げていっても、全体像が見えないことはよくあると感じます。言葉が客観性に欠くからだと思います。ナンセンスな発言の塊も、話者にしっかりとした意図がある場合もあり、文脈を通して、その意図が聞き手に「漠然と」伝わることもあります。

◎you are a shoeのシーンでレイチェルは自立した人生について語っている
もちろんこのシーンはお笑いメインですが、文脈から考えれば、レイチェルが人生について真剣に語っているのは分かります。私にはa shoe, a purse, a hatの言葉の意味ははっきりと分かりませんが、それらのセリフを通して、レイチェルが自立した人生について語っているのは分かります。常識、文脈からとしか言いようがありません。

◎A purse, a hatの前に間があったのは、人生を変えたい気持ちはあるが、実際、どうように成りたいのかに具体性が無いから
レイチェルは、結婚式で突然、「親や愛してない男に依存して生きるような、自立心の無いお嬢様(a shoe)は嫌だ!自分の人生を歩む!」と思い、衝動的に逃げて来たものの、実際に「どのように自立した人生を送るか」という事に具体性を持ってなかった。
間ができたのは、伝えたい事(自立した人生)の具体性が全く曖昧なので、その意味を託す言葉がなかなか浮かばなかったからだと思います(レイチェルの表現力不足も含め)。
その結果、a shoeに引っ張られて、似たような言葉a purse, a hatが場当たり的に飛び出したと私は思います。(この後の話で、レイチェルが自立した人生を送るビジョンや心構え(自ら働くかどうかも含め)が殆ど無かった事を示すエピソードがいくつも出てきます。それらは私の見解の裏打ちになります。)
※説明を分かりやすくするために、レイチェルがa shoeに込めたと意味を「自立心の無いお嬢様」と無理矢理に当てました(広い意味での比喩の範疇です)。

◎フレンズもレイチェルの人生を語る意図を何となく理解しているように見える
もちろん、このシーンでフレンズが「レイチェル、何言ってんの」と反応する点がお笑い要素ですが、彼らが「全く」レイチェルの意図を理解していないとは常識的に考えにくいです(即座に分からなくとも)。言葉の意味はよく分からなくとも、文脈的や常識から、レイチェルが人生について何かしら真剣に語っていることは感じ取れるはずです。モニカが"independence, taking control of my life"と発言していますし、意図を理解してます(a shoe, a purse, a hatのシーンだけストーリーと分離して捉えるのは不自然)。ロスも、話の途中で分からなくなるリアクションや「お父さんがどこで理解できなくなったろうか分かるよね。」の発言から、レイチェルの人生について語る意図をそれとなく感じ取ってます。

◎言葉の表面の論理性にだけ拘っても、話者の意図は見えない
RachさんのYou are a shoeの解釈は、表現上に全く論理的矛盾がなく(オチもあり)、とてもエレガントです。しかし、レイチェルが、"independence, taking control of my life"のような事が、全く頭に無く、これらのセリフを発言してるのなら、私には不自然としか言いようがありません(コメディとは理解してますが)。論理性の低い発言に、無理に全てに論理性を持たせても、話者の気持ちから遠い解釈になると思います。

追加)見当違いならすみませんが、Rachさんはthe whole, 'hat' thing = (What if I wanna be) a hatだと捉えてられるように見えます。私はthe whole, 'hat' thingがa shoe, a purse, a hatの一連の発言を指してるとした方が自然だと感じます。わざわざwholeと言ってますし。
Posted by LFI at 2016年12月22日 01:15
LFIさんへ
コメントありがとうございます。

「人生について語る」点について行き違いがあるようなのでまずは最初にその点を確認したいと思うのですが、レイチェルがパパとの電話の会話で「自立した人生について語っていること、人生を変えたい気持ちがあること」は確かですし、私自身もそう解釈しています。

「ずっと A だと言われてきたけど、本当になりたいものは B や C だったとしたら?」というのは、「親に決められたもの以外のものになりたい」ということですから、「決められた人生ではなく、自分の選んだ人生を生きたい」という意味で「真剣に」語っているのも確かです。

その a shoe, a purse & a hat という単語に、「片方の靴=一人では生きられない」「バッグや帽子=独立しても生きられる」という対比の比喩の意味が込められているかどうか、というのが私の記事の論点でしたが、そんな風に深読みするネイティブはいないらしいことから、「ただファッションアイテムを挙げただけ」という解釈に落ち着いたわけですね。You're a shoe. は具体的に何を意味しているのかがわかるのかと思って聞いていたけれど、最後まで聞いてもその意味はわからなかった、というオチなのだと。

例えとしてファッションアイテムを並べただけ、というのが笑いのオチではありますが、それがオチであったとしても、レイチェルが「A ではなくて、B や C になりたかったとしたら?」と述べていたことそのものは「決められた人生ではなく、私の人生を歩みたい」というレイチェルの気持ちがこもっているのは間違いないですし、私はそれを否定したつもりはありません。

the whole, 'hat' thing については、記事内でも「あの一連の hat 関係の件、話、やつよ」と書きましたように、レイチェルがパパとの電話で話していた「靴じゃなくて、帽子になりたかったとしたら?」という一連の話として解釈しています。


それから、私が書いた解釈について、追加説明をさせていただきます。
You're a shoe. について、私が記事やコメント欄で書いた解釈は、私が考えたものではなく、「ネイティブの解釈」を私なりにトレースしたものです。
解釈を譲る譲らないとか、理系うんぬんの話ではなく、複数のネイティブの方が「特に意味はない。ただ比喩として挙げただけ」と答えたことを踏まえて、そこを前提に話をしているということです。

私はブログを書く際、先にネイティブに意味を尋ねることは決してしません。ネイティブに「答え」を聞いてしまっては、日本人英語学習者である私がこのブログを書いている意味がないからです。ただ、私が自分の解釈をブログ上でご披露した後に、コメント欄でいただいたネイティブの方のご意見は大いに参考にさせていただきます。それは「ネイティブにしかわからない感覚」というのが絶対にあるだろうと思うからです。

このセリフに関しては、長年話題になってきたこともあって、これまでも「ネイティブに尋ねたらこういう返事が返ってきた」というご意見をいくつも頂戴しました。それを総合すると「a shoe, a purse & a hat という単語に特に意味はない」というのがネイティブ全般の受け止め方だと思えましたので、まずはそれを「素直に受け止める」ことから始めるべきだと思いました。
シットコムで笑う、というのは「ネイティブと同じ受け止め方をする」ということで、そのネイティブの感覚に近づきたいという気持ちでこのブログを書いていますから、ネイティブの意見を考慮せず持論を展開しても意味がないと思っています。

以前の記事にも書きましたが、「特に意味はないよ」などとあっさり答えられるのは、ある意味ネイティブの特権です。そう言われてしまうとノンネイティブとしては太刀打ちできないのですが、私はそこから「どうしてあっさりそう言い切れるのか」という視点で考えてみて、それを私の解釈として記事にさせていただいた、ということです。

ご意見ありがとうございました。
Posted by Rach at 2016年12月22日 12:05
せっかく落ち着いた話を蒸し返してすみません。
LFIさんが大きな思い違いをされているようなので、居ても立っても居られなく、出てまいりました。
(もうご覧になっていないかもしれませんが)

>上手く説明するのは難しいですが、You're a shoe!の場面の個人的な見解を言わせていただければ(中略)どうやって自立して生きいくのかとういう具体的な考えは持ってなかったことを表してるシーンだと思います。

> ◎you are a shoeのシーンでレイチェルは自立した人生について語っている
> ◎フレンズもレイチェルの人生を語る意図を何となく理解しているように見える
> ◎言葉の表面の論理性にだけ拘っても、話者の意図は見えない

これ、すべて、レイチさんもLFIさんと同意見だと思いますよ。
レイチさんだけでなく、ここに来ている皆さんも同じ感覚だと思うんです。

それらすべてを踏まえたうえで、レイチさんは私たちよりも一歩先を行っていて、
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「制作側はレイチェルに彼女の人生について語らせている。そして友人たちもそれに反応している。
ここはとても大切なシーンである。
では、そう考えたときに、shoe という単語は、人生を語らせるうえで、どんな働きを持つか」
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と疑問に思われたんです。
人生を語らせるのに、脚本家はなぜ shoe を選んだか。そこに意味があるのではないかと。

そして結論は、shoe は、人生を語らせる際になんでもない適当な単語を彼女が使ったようにして笑いを取っただけであり、単語としては特別な意味がなかった。(レイチさんとしては、本当は意味が欲しかった)ということだと思います。

レイチさんは決して、
「言葉が話者の気持ちから離れて、言葉を客観的な物として捉えすぎている」ことはありませんよ。
むしろその反対で、そこまで話者の気持ちを推理する必要があるのだろうか、とさえ思わされる記事が何度もありました。shoe に関しては、特に私などはそう感じました。

そんなレイチさんが、「意味はなかった。適当だった」という意見によくも納得していただけたもんだな、と、逆に驚いたぐらいですから (^_^;)

LFIさんの誤解を解きたくておせっかいにも出てまいりました。
Posted by keiko at 2016年12月25日 15:12
keikoさんへ
コメントありがとうございます。フォローしていただき感謝です。

LFIさんが最初のコメントで、「私(Rach)の見解にピンとこない」と言っておられたので、再度、私の見解をまとめる形でレスさせていただいたのですが、それに対する LFIさんのコメントを読んで、「人生を語る」という点で行き違いになっていることに気づきました。
2回目のコメントで LFIさんが主張されている内容(レイチェルは人生について語っている)は、私と同意見であり、私もそのことを前提にした上で、「単語の選択についてのみ」話を進めていたつもりだったのですが、それがうまく伝わっていなかったようです。
ですから、「ここに来ている皆さんも同じ感覚だと思う」と keikoさんにおっしゃっていただけると、とても助かります。ありがとうございます。

keikoさんがおっしゃるように、私はむしろ「ネイティブが口を揃えて意味がない! と言っても、それでも意味はあったと思いたい」クチで、今回もそういう深読み部分をあれこれ書いて、記事も長いものとなってしまった結果、「このやりとりは、視聴者としてはとりあえずはこう受け止めるべき」という基本的な見解がうずもれてしまっていたのかもしれません。

私の見解は keikoさんがまとめて下さった通りで、

「A ではなく、B や C になりたかったとしたら?」というセリフで、レイチェルは「決められた人生、敷かれたレール以外の人生を歩みたい」という人生について語っている。フレンズたちもその意図は理解している。

レイチェルが人生を語っているとわかった上で、そこで使われた a shoe, a purse & a hat という単語の選択に意味があったのかどうかについて、あれこれ考察してみた結果、
ネイティブが「特に意味はない。(レイチェルがファッション好きだから)ファッションアイテムを挙げただけ」と言った意見に私も賛成で、(keikoさんが例に出された)チクワ、シラタキ&ガンモでも、このセリフは成立するのだろうと思える。

「このドラマとこのセリフを理解する」ということについては、この上の解釈で完結しているのですが、ただ、あきらめの悪い私としては(笑)、「(レイチェルではなく)脚本家が、人生をイメージする単語をさりげなく使ったのではないか」という意見はまだ自分の中には持っている(これは深読みし過ぎだろうと思うので、あくまで可能性レベルの話)。

ということになります。

LFIさんへのお返事で書かせていただいたことの意図が、keikoさんにきちんと伝わっていると知り、大変安心いたしました。

温かいフォロー、ありがとうございました<(_ _)>
Posted by Rach at 2016年12月25日 17:47
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